第32話 登校初日は修羅場になりそうです

 両腕に一年生の女生徒がしがみ付き、どうやっても誤解されるであろうこの状況を秋月に目撃されるのは、もはや致命傷ではないだろうか?

 ただでさえ観覧車での一件があり、俺と彼女は微妙な関係になっている。


「両手に華とは随分とモテるようになったわね」


 凄い不機嫌そうに刺のある言葉を浴びせてくる秋月。今の彼女はまさに『美しいものには刺がある』を体現している。


「いや……これは、何というか成り行きで……」


「ふーん、成り行きで両手に女の子をはべらせるようになれるんだ? ラノベの主人公みたいね」


 おお……ラノベとか読んでるのを隠している筈なのに、引き合いに出してしまう程にお怒りなんでしょうか?


「秋月せんぱあい、何か怒ってますかぁ?」


 夏原の喋り方も人によってはイラッとさせるよな。


「べ、別に怒ってなんかいなわよ! ところで……先輩って言ってるけど貴女一年生よね? どこかで会った事あったかしら?」


 秋月も夏原の事が分からないみたいだ。教室ではかなり印象には残ってたと思うけど、外見もかなり変わったから分からないのも無理はないかな。


「はあい、夏原でーす! 夏原奏音なつはらかのんですよう、その節はお世話になりましたあ。同じ高校になったのでえ、今後ともよろしくお願いしまあす」


 喋り方はアレだけど、なんだかんだで礼儀正しい夏原に俺は感心した。


「ああ! 教室の時の……」


 秋月は教室の一件で夏原に苦手と言っていたので、彼女が一瞬嫌な顔をしたのを俺は見逃さなかった。よっぽど苦手なようだ。


「貴女随分変わったわね……全然分からなかった」


「高校でびゅーっていうやつでーす。冬人先輩にぃ可愛いところ見せたくて頑張りましたあ!」


「ふーん……コイツにねぇ」


 秋月は俺に冷たい視線を浴びせてくる。


「秋月せんぱあい、冬人先輩と何かありましたかあ? なんか二人とも余所余所よそよそしいですよう」


 夏原の鋭いツッコミに観覧車の事を思い出したのか、秋月は赤面して下を向いてしまった。そういう俺も一瞬、悪い事したのがバレた気分になってしまい否定できなかった。


「二人とも黙ってしまって怪しいですう……本当に何かあったんですかあ?」


 黙ってしまい何も弁明もしない俺たち二人を見て、夏原は疑いを深めているようだ。


「な、何も無いから! 変な事を言わないでよね! アンタからも何か言いなさいよ」


 秋月から何も無かったと同意を求めてくるが、そういうのは余計怪しまれるような……。


「ああ、秋月とは別に何もないからな」


「怪しいですう……」


 う、疑われている……夏原は納得いかない様子だが……何も無かった訳じゃないけど、何故俺は浮気疑惑の弁明をしている様な状況になっているのだろうか?


「ねえ! 冬にい! 今度は誰? この凄い美人さんは? 状況が全く分からないんですけど?」


 完全に空気だった美冬が、堰を切ったかのように質問をしてきた。


「ところで……そっちの可愛い子は誰なのよ⁉︎」


 秋月は美冬を指差す。


「俺の妹の美冬だよ。同じ高校に通う事になったんだ」


「え? 妹なの? 凄い可愛いし全然似てないわね……」


神代美冬かみしろみふゆです。よろしくお願いします! えーと……お兄ちゃんの彼女さんですか?」


 また、その質問かよ! これで何回目だ⁉︎


「ち、違うから! もう何回目なのよこの質問……私はコイツ……じゃなくて神代くんと同級生の秋月友火です。えーと……美冬ちゃんだっけ? よろしくね」


 赤面しながらもシッカリ否定しつつ、自己紹介する秋月。


「秋月先輩よろしくお願いします! お兄ちゃんが、こんな美人さんと付き合えるほどモテる訳無いですもんね」


 兄をディスる妹だが、モテないのは事実なので否定しようがないのが悔しい。


「でも、お兄ちゃんに似なくて良かったわね」


 微妙に嫌味を言ってくる秋月は俺に恨みでもあるだろうか? いや……思い当たる節はあるけど。


「そりゃあれか? 俺に似てないから可愛いって事ですかね? どうせ俺はイケメンじゃありませんよ。でも美冬は可愛いのは間違い無いけどな」


「さあねぇ。っていうかアンタもしかしてシスコン?」


「違う! 美冬は世界一可愛い妹だが、断じてシスコンでは無い!」


 シスコンじゃ無いよね? 妹は可愛いし大好きだが。


「イケメンじゃなくても冬人先輩はカッコイイでえす!」


 夏原の発言は嬉しいが、話がややこしくなりそうなので出来れば止めて欲しい。


「で、貴女は、コイツのどこが良いのかしら?」


 秋月……そんな話に食いついてこなくていいから!


「秋月先輩、私の事は奏音と呼んでくださあい。冬人先輩はあ、絵も上手だし顔はちょっと地味だけど好みですよう」


 夏原の主観では俺の顔は地味らしいが、好みであるという事は喜んで良いのだろうか? 地味と言われると微妙な気分だ。


「夏原さんは絵を描くから、絵が上手なコイツを尊敬してるって事で、良く見えちゃうのね。自分の得意分野で、もっとレベルが上の人に憧れるのは仕方が無いわね」


 秋月は夏原の事を敢えて“さん”付けで呼ぶ事で、微妙に距離を取ってる感じがする。


「冬にい! もしかしてモテモテなのかな? 入学初日から二人の美少女が火花を散らしてる修羅場を目撃してるんだけど!」


「いやあ……俺にもさっぱりなんだが……」


 妹が目をパチクリして聞いてくるが、俺にもよく分からない。

 どうやら夏原には絵が上手い俺に憧れてるっていう意味で、好意を持たれてるのは今までの発言で分かるが、秋月がこの話題に何で食い下がってるか分からない。


 ふと周囲の視線が気になり、周りを伺うと他の生徒たちが俺たち四人に注目しているようだ。そりゃそうだ、こんな美少女三人に囲まれてたら目立つ事この上ない。


「秋月、始業式に間に合わなくなるから行くぞ。一年生のクラス分けのプリント配布場所が二年生とは別だから、美冬は夏原と一緒に行っててくれ」


 新学年早々、目立って色々と噂になるのは本意では無い俺は、秋月の腕を強引に引っ張り話を中断させ、夏原は美冬に任せる事にして、俺たちは二年生のクラス分けのプリントを配布している場所へ向かった。


「うん、冬にい分かった。奏音ちゃん一緒に行こう!」


 美冬は夏原の事を“奏音ちゃん”と“ちゃん”付けで呼び、腕を組んで別方向へと歩き出す。

 それを見た俺は、美冬なら夏原と仲良くなれそうだな、と思いながら秋月の手を離さずに配布場所へ向かった。

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