第40話 ファーストキスは忘れない

「ね、ねえ……注目されてて恥ずかしいから手を離してくれないかな……」


「あ、ああ! ゴメン……」


 秋月に言われるまで、彼女の手を掴んで歩いていた事を気にせず歩いていた。慌てて手を離したが、二人きりになった途端お互い気まずい雰囲気になってしまう。

 俺はこのままではダメだと思い、勇気を振り絞り彼女に話を切り出した。


「え、えーと……この前はゴメン……その……か、観覧車で、その……キ、キスしようとして……」


 恥ずかしくて、秋月の顔をマトモに見れず、俯き気味に上擦りながらも何とか言えた。このまま嫌われても仕方が無いと思っていたけど、どうしても謝りたかった。


 顔を上げ秋月の様子を恐る恐る伺うと、彼女の顔がカァと、まるで音を立てたように真っ赤に染まっていく。


「も、もう……何も今、その事を言わなくてもいいのに……」


 秋月は恥ずかしそうに俯きながら呟く。

 けど、謝るチャンスは今しか無いかもしれない思うと、タイミングなんか気にしてはいられなかった。


「ごめん……どうしても謝りたかったんだ。あんな事したら怒るだろうし、嫌われてしまっても仕方がないけど、謝るタイミングが今しか無いと思って……つい」


 秋月との間に沈黙の時間が流れる。彼女は何か考えているようだが、どんな言葉が返って来るか不安な俺は、その数秒間が酷く長い時間に感じた。


「ううん……怒ってないし嫌いになってなんかいないから……」


 秋月は俯きながらポツポツと話始める。

 俺は怒っても嫌われてもいない事に安堵し、黙って続きを聞いていた。


「あの時本当に怖かったんだ。でも……アンタが頭を撫でて、その……だ、抱きしめてくれたから落ち着いていられたんだよ……うぅ、恥ずかしい……」


 秋月は恥ずかしさに段々と声が小さくなっていく。

 聞いている俺もあの時の事を思い出すと、恥ずかしさで悶絶しそうになり、どこかに行ってしまいたい衝動に駆られる。穴があったら入りたい、とは正にこの事だろう。


「だって、あの状況じゃ仕方ないもの……」


 秋月はまるで自分に言い聞かせているように話している。


「だから! あの時……そう! 吊り橋効果! 正にそうだったのよ! 雰囲気に流されちゃっただけ!」


 秋月は俯いた顔を上げ、さっきまでのしおらしい態度から一変、いつものように振る舞った。


「あの時の事はノーカンよ。ノーカン。お互い忘れましょう」


 秋月はあの時の事は無かった事にして忘れようと言っているのは、そうしないと心の整理が出来ないからだろう、と思うのは俺も同じだからだ。


「ノーカンかあ……そうだよな、ノーカンって事で終わりにしよう。俺もこの話をするのはいい加減恥ずかしかったし、お互い忘れよう」


 忘れようなんて言ったものの、俺はあの時の彼女の唇にちょっとだけ、ほんの少しだけど触れた感触を忘れない。忘れたく無いと思う。なんでかって? そりゃ……俺のファーストキスだったんだから。


「じゃあクラス分けのプリント取りに行こっか」


 秋月は俺より先に歩き始める。


「ああ、また一緒のクラスになれればいいな」


 俺は秋月に素直に気持ちを伝え、彼女の後を追った。



 私の数歩後ろを歩いているアイツが、同じクラスになれたらいいな、と言ってくれている。私も同じクラスになって仲良くしたいと思う。だから私も素直な気持ちを伝える事にした。


「また同じクラスになれたらいいね」


 アイツは『そうだな』と、ひと言呟き私の後ろをゆっくりと歩いている。


 私がアイツの事を好きなのか……よく分からない。アイツも私を好きだからキスをしようとしたのかも分からない。

 あの時はやっぱり状況と雰囲気に二人とも流されてたと思う。せっかく仲良くなれたのに気まずくなるのも嫌。

 だから、あの時の事はやっぱり無かった事にするのが、今は一番良いのかもしれないと思う。


「アンタ、あの時は頼もしくて少しだけカッコ良かったわよ」


 でも……あの時湧いた感情は本物。だから少しでも伝えたかった。


「吊り橋効果で、だろ?」


「あはは、そうね。今はいつも通りのアンタだわ」


 私はあの時の、唇にちょっとだけ、ほんの少しだけど触れた感触を忘れない。忘れたく無いと思う。どうしてかって? だって……私のファースキスだったんだから。

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