第81話 ラブレター フロム 秋月友火

『秋月に話したい事があるんだ。明日の放課後に学校の屋上で待ってる』


 アイツから届いたメッセージを見た私は動揺を隠せなかった。


 ――こ、これってまさか……こ、こ、告白⁉︎ いやまって落ち着け私……アイツは今までそんな素振りは見せてこなかったし……で、でも屋上を指定してきたんだし聞かれたくない話なのかも……。


 私は意味深なメッセージを貰ってからというもの、何の話か気になって落ち着かない。うちの学校の屋上は定番の告白スポットになっているから。


 ――で、でも、こ、告白だったら……春陽と夏原さんの事もあるしどうしたら……で、でも私はアイツの事が……。


 そんな事が頭の中グルグルと巡り私はなかなか寝付けない夜を過ごした。



 翌朝、教室で会ったアイツはボーっとしていた。顔が赤いようだし熱でもあるのかな? どんな用件か聞いてみても他の人に聞かれると困るから教室では話せないと言っていた。

 そう言われてしまうと、告白を意識して顔が熱くなってしまう。


 ――私、顔が赤くなってないかな? アイツの顔をまともに見れない。


 こうして心の準備ができないまま放課後を迎えた。階段を上り扉を開けるとアイツは先に屋上に来ていた。先に教室を出て行ったから知ってたけどね。


 こうやって屋上で面と向かうと恥ずかしい。

 告白なのでは? というこの状況で意識するなというのは無理な話だと思う。


「は、話があるって言ってたけど一体なんの話かしら?」


 努めて冷静に話しているつもりだけど恥ずかしくてうつむき気味になってしまう。結果、私より背が高いアイツを上目遣いでチラチラと見てしまい、挙動不審に思われてしまったかも。ちょっと恥ずかしい。


「え、えと……この前の小説の事なんだけど……」


 ――き、きた! や、やっぱりそうなのね。


「う、うん……」


 新作の小説はアイツと私が仲良くなったキッカケから相談した事をベースに物語を書いている。

 私に嬉しいこと、楽しいことをたくさん教えてくれた。イラストを描いてくれた、憎まれ口を叩き合いながら笑った、デートの真似事をして観覧車でキスをした。


 そんな楽しくてドキドキした日々を小説にしたらきっと面白い話が書けるだろう……私はそう思った。だからいつかアイツに読んで貰いたかった。

 

 ――私に楽しい事をたくさん教えてくれてありがとう。


 それを伝えたかった。でも今はまだ口に出してそれは言えない。だから小説にして読んで貰った。私の心をさらけ出しているようで恥ずかしいけど、アンタは気付いてくれた? 


「凄い面白かった。続きが早く読みたいと思った」


「う、ううん?」


 ――小説の感想⁉︎


「あ、ああ……そうね、そうよね……ありがとうぅ……」


 思わせぶりに屋上に呼び出して紛らわしいのよ! まったく……。


 アイツが私の事を好きかどうかも分からないのに何を期待してたんだろ……? 凄い勘違いをして恥ずかしくて穴があったら入りたくなった。

 だけど、アイツの次の言葉を聞いた私はそんな恥ずかしさなんてすぐに忘れてしまった。


「あの小説のキャラクターデザインを俺にやらせて貰えないか?」


 アイツは新作の小説のキャラクターを描きたい、約束を果たしたいと言ってくれた。その言葉は告白されるのと同じくらい嬉しいかった。


 以前アイツは次の新作が面白かったらイラストを描きたいと言っていた。私の今の気持ちを込めた物語が面白かったと認めてもらえたのが嬉しかった。


 私の全てを受け入れてくれているようで、これ以上ない幸せな気持ちだった。



◇ ◇ ◇



 数日が経過し小説のキャラクターが完成したから見て欲しいと、私はアイツからネットカフェに呼び出された。


 私は大胆にもペアシートを選んだ。ゆっくり話をしたかったし少しでも近くにいたかったら。少しづつアイツに依存していく自分の心を自覚する。

 そして、このまま感情のコントロールが効かなくなる事を私は恐れた。


 初めて利用するペアシートは思っていたよりも密室だった。二人で座ったソファーは肩と肩が触れ合うくらいに沈み込んだ。触れた肩からアイツの温もりを感じて私はドキドキが止まらなかった。


 ――どうしよう……このままだと緊張し過ぎてまともに話せないかも。


 私が戸惑っているとアイツがドリンクを取りに行くと言って個室を出て行った。


 よかった……あのままだと一緒にいたらヤバかった……。アイツがドリンクを取りに行ってくれたお陰で少し落ち着く事ができた。


 ドリンクバーから戻ってきたアイツは取り出したタブレットにイラストを表示し、キャラクターのお披露目会を始めた。


「さて……次はヒロインだけど……」


 主人公に続きタブレットに表示されたヒロインのイラストを見て私は驚きを隠せなかった。


「えっ⁉︎ これって……」


 その可愛いヒロインはどこか私に似ていた。少し違うけど髪型が似ていた。髪飾りはデザインがまったく一緒だ。


「こんなに可愛くない……」


 アイツは私をイメージして描いたと言っていた。でもイラストのヒロインは笑顔が似合う素敵な可愛い女の子だった。


「私はこんなに可愛くないって言ったの」


「そんな事ないよ。イラストより秋月の方が圧倒的に可愛い。秋月の魅力をイラストで引き出せなくてゴメン」


 ――も、もうそれ以上は言わないで……感情を抑える事ができなくなってしまう。ダメ……そんな事を言われたら私――


「イラストを描いてる時にさ……秋月の顔が頭に浮かぶんだ。意識しないようにしてもダメだった。だからいっその事、とびきり可愛く描いて似せてしまおうと思ったんだ」


 あなたが好き――


 その言葉が喉から出るギリギリのところで彼の言葉と重なり、私は口から出かけたその想いを飲み込んだ。

 

「俺は……秋月の事が好きだ……フレンドリー・ファイヤの正体を知った時からずっと惹かれていたんだ……だから……付き合って欲しい」


 彼の告白を私は冷静に聞いていた。突然の事に私は思考が停止しているみたいな感覚だった。


 そして少しづつ思考が戻ってくるにつれ、走馬灯のように思い出が頭の中を巡る。


 どこにでもいそうな平凡な男子高校生の彼。私の小説にイラストを描いて応援してくれた人。取材と称したデートに付き合ってくれた君。ずっと好きだったと言ってくれたあなた。


 私の心の中にジンワリと温かいものが溢れてくる。


 ――今は大好きなあなたの気持ちでも応えられないの……ごめんなさい。


 私は今にも溢れそうな涙を必死に堪えた。


「ごめんなさい……貴方と付き合うことはできません」


 私の言葉を聞いた彼の表情は一瞬悲しみに顔を歪ませたように見えた。


 ――そんな悲しい顔をしないで……お願いだから。


「急にそんなこと言われても迷惑だったよな。ごめん……忘れてくれ」


 ――違うの! 迷惑なんかじゃないよ……私は必死に取り繕った。保留みたいな卑怯な返事で私は逃げた。

 でも彼は、こんなズルい女の言い訳を聞いてもずっと待ってると言ってくれた。


 だから――


 もう少し待っててください……次は必ず私の気持ちを伝えます。



◇ ◇ ◇



 告白を受けた直後から私は新作の小説を“めざし“に投稿を始め、小説の更新を毎日続けた。これは私と彼の物語……告白の返事を待たせている代わりに気持ちを込めて毎日書き続けた。


 投稿を初めて二週間ほど経過した頃、一通のメールが届いた。


『書籍化打診のご連絡』


 私は一瞬なんの事か分からなかった。ネットで検索して調べてみると大変な事だと分かった。誰かに話を聞いて欲しくて私はアイツにメッセージを送った。


『すごく大切な話があるの。どうしていいか分からなくて今から会えないかな?』


 急な呼び出にもかかわらずアイツはすぐに来てくれた。


 メールを見たアイツはすごく驚いていたけど、専門外の事で自分にも判断はつかないと言って書籍化作家の歩夢くんを呼ぶことになった。


 歩夢くんの話を聞く限りでは、出版の打診で間違いはないそうだ。なぜ私の小説が? 今でも信じられない気持ちでいっぱいだが、どうするかは私が決めるしかない。


 歩夢くんは家族と相談が必要だと言っていた。アイツは後悔しないように受けるべきだ、俺でよければいくらでも協力すると言ってくれた。


 その言葉を聞いて私は前向きに考えてみようかと思った。


 そんな話し合いの中で私とアイツが急に親密になったように見えると歩夢くんが言い出し、二人は交際しているんじゃないかという疑問を投げ掛けられた。


 アイツが歩夢くんに私たちの今の関係を説明した。それを聞いた歩夢くんは私にアイツの事が好きか尋ねてきた。


 ――そんな事とても言えない……それも人前でなんて。


 私は恥ずかしさのあまり言葉に詰まってしまう。


「でもさ、保留にされただけで理由も聞いてないんでしょ? せめて友火さんの気持ちだけでも知りたいと思わない?」


 歩夢くんの言う通り具体的な理由をアイツに説明せず返事を保留にしている。私もそれはズルいと理解している。だけど今は言えないの……好きですって。


 何を思ったのか歩夢くんがアイツを連れて別のテーブルに移動してしまった。何やら話をしているようだが間違いなく私との事だろう。

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