第80話 久しぶりの相談は驚きの内容だった件(後編)
歩夢が来るまでの間、小説の話には触れないようにして、マンガを読んだりして時間を過ごした。告白した事も特に触れることはなかった。
「冬人、友火さんお待たせしました」
受付を済ませた歩夢が俺たちのテーブル席に駆け寄ってきた。歩夢は今回もデニムのショートパンツという出立ちで、どう考えても可愛い女の子にしか見えない。その証拠に俺たちのテーブルに着くまで店内の男どもの注目を浴びまくっていた。
「歩夢、急に呼び出してゴメン」
「今日は特に用事も無かったし大丈夫だよ。冬人と友火さんの頼みなら喜んで会いに来るよ」
その可憐な姿ではにかむ歩夢はまるで天使のようだった。
――本当に男なんだろうか? 色々と確認したくなってくる。ナニがとは言えないけど。
「歩夢くん休日にわざわざ来てくれてありがとう」
「友火さん、気にしなくていいから冬人にも会えたし、ぼくで役に立つなら嬉しいよ。それで聞きたい事って何かな?」
歩夢を呼び出す時の電話では守秘義務とか色々と面倒な事がありそうだったので打診の話はしていなかった。
「うん、これなんだけど……」
秋月は“めざし運営“からの“書籍化打診のご連絡“のメールを表示し歩夢にスマホの画面を見せる。
「……なるほど。最近、友火さんの小説が人気なのは知っていたけど、いよいよ出版社の目に留まったという事だね」
さすが書籍化作家の歩夢だ。一瞬驚きの表情を見せたがメールの内容を瞬時に把握し冷静に分析している。
と、いう事はメールは本物……本当に秋月の小説が書籍化するのかもしれないのか……。驚きのあまり声が出ない……なんと形容していいのか分からないくらいの衝撃だ。
「……」
秋月も言葉が出ないようだ。そりゃ突然こんなメールが届けば誰だって困惑する。
「……つまり私の小説が本になるかもしれないって事?」
ようやく思考が戻ってきた秋月が口を開いた。
「よほどの事がない限りは」
歩夢が言うには今後打ち合わせしながらブラッシュアップや改稿を重ね、編集からGOサインが出れば出版になるという。
「私は……どうしたらいいと思う?」
そう言われてもピンとこないであろう秋月は俺たちに助言を求めてくる。
「それはご両親と相談して決めるしかないだろうね。ぼくたちは高校生だから親の承諾が無ければ契約できないから」
秋月は歩夢の言葉に無言で頷いた。
「アンタはさ……どうしたらいいと思う?」
秋月は真剣な眼差しを俺に向けた。その表情は歩夢とは別の答えを求めているように思える。
どんな答えを秋月が求めているか分からないが、自分に置き換え俺だったらこうするという前提で話した。
「俺は……受けた方がいいと思う。高校二年になったばかりで大学受験もまだだし、夏休みもこれからだから作業の時間は確保できると思うんだ。この機会を逃すと次のチャンスの時は受験で無理かもしれないし、そもそも二度とチャンスが来ないかもしれない」
「……」
秋月は俺の目を見据え真剣に話に耳を傾けている。
「受けなくて後悔するくらいなら受けて後悔したい。だからさ……受けるべきだと思う」
俺みたいなまだ世間を知らない高校生の助言なんて役に立たないかもしれないけど、世間知らず故の青臭い夢を見てもいいと思う。
「ぼくも冬人の意見に賛成かな。そして経験者の視点から言わせてもらうと、書籍化作業はすごく大変だし時間の掛かる作業になる。成績の良い友火さんなら夏休みに補習とかは無いだろうから時間は確保できると思うんだ。それでも夏休みは書籍化作業で潰れると思った方がいい」
歩夢のような経験者が現実的な話をしてくれる。だから現実を知らない俺が遠慮なく理想を語れる。
「書籍化作業は手伝えないけど夏休みの宿題とかなら俺が手伝うよ。何でも言ってくれ」
実際に俺が出来ることいえばその程度だ。
「運営から来たメールに出版社とレーベル、連絡先と担当者名があるから連絡して話を聞いてから判断した方がいいよ。スケジュールとか色々と相談に乗ってもらえるから」
さすが経験者の言葉は説得力と重みが違う。
「歩夢、本当に助かった。俺たちだけじゃ何も分からなかった。これからも秋月の相談に乗ってくれないか?」
「うん、任せて! ぼくに答えられる事なら何でも聞いてよ」
笑顔の歩夢は秋月に匹敵する美少女っぷりを発揮していた。その笑顔を向けられると思わずドキドキしてしまう。この気持ちはいったい何なんだろう? 男なのに美少女っていうギャップ萌えみたいなもの?
「二人とも本当にありがとう。親と相談しながら考えることにします」
「この話は家族以外には不用意に話さない方がいいよ。下手に情報が漏れたりすると書籍化の話自体が無くなってしまう可能性もあるからね」
「うん、分かった。信頼できる相談相手以外には話さないようにするわ」
歩夢は秋月のよき相談者になってくれる事だろう。
「書籍化作業を進めると出版社から情報発信OKだよって指示してくるから、その時に“めざし“やSNSとかで宣伝すればいいよ」
「うん、分かった」
それにしても経験者というのはこれほど頼りになるんだな。素直に歩夢の事を尊敬する。
「打ち合わせとかで編集の人といずれ会う事になるんだろうけど、秋月に会ったら驚くだろうな。まさか本人がこんなに可愛い女子高生だったなんて」
「ち、ちょっとアンタ……最近、平気でそういうセリフを言ってくるようになったわね……は、恥ずかしいから止めてよね……」
最近は秋月に恥ずかしいセリフを面と向かってサラッと言えるようになってしまったようだ。告白をして好意を隠す必要が無くなったからだろう。
止めてよねと言いつつも満更では無さそうに見えるのは気のせいだろうか?
「何だか二人ともすごい親密になってるように見えるけど、もしかして既にお付き合いしてるとか?」
歩夢が
俺が秋月に告白をして返事が保留されている事はまだ誰にも話していない。
「い、いや……俺たちはまだ付き合ってないよ」
「まだ?」
思わず“まだ“と言ってしまい歩夢に突っ込まれる。これはどうしたものか……いっその事歩夢には話してしまおうか。
「え、えーと……秋月……歩夢に話していいかな?」
俺はチラッと横目で秋月に目をやり同意を求める。彼女は察してくれたようでコクンと無言で
その後、告白から事の顛末を歩夢に説明した。
「はあ……まさかそんな事になっていたなんて全然気付かなかったよ」
「だから俺たちは付き合ってる訳では無いんだよ」
ふーん……なるほどね……とわざとらしく少し考えるフリをして、恥ずかしげに俯き俺たちの話を聞いていた秋月に歩夢は問い掛ける。
「それで、友火さんはどうするつもりなのか聞きたいな。冬人の事は好き?」
歩夢はかなり突っ込んだ質問を秋月に投げ掛けた。
「あ、歩夢……そ、それをここで聞いちゃうのか?」
「えっ? そ、それは……その……うぅっ……」
秋月はかなり答え難そうだ。当の彼女は顔を赤く染め俯き目を泳がせている。
「歩夢、秋月が困ってるしその辺にしてあげてよ」
「でもさ、保留にされただけで理由も聞いてないんでしょ? せめて友火さんの気持ちだけでも知りたいと思わない?」
告白の時に好きとも言われていないし、確かに聞きたい事ではある。否定できない俺は黙って頷くしかない。
「冬人ちょっといい? 友火さん、彼をちょっと借りるね」
そう言って俺の腕を引っ張り歩夢に別のテーブル席へと連れて行かれる。
「冬人、咲間さんと奏音さんの事は友火さんに話したの?」
「告白されて断ったことか?」
「そう」
「いや、その事はまだ話してない。秋月に話す必要があるのかなぁって」
歩夢は顎に手を当て何やら考えている様子だ。
「冬人、たぶんさ……友火さんは咲間さんと奏音さんの事があるから保留にしてるんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「あの二人に遠慮してるって事だよ。咲間さんと奏音さんが冬人に好意を抱いてるにもかかわらず、友火さんが冬人の告白を受け入れてしまうのはフェアじゃないと考えてるのかも」
秋月は根が真面目だから友達である春陽と夏原に気を遣っている可能性は否定できない。
「つまり、冬人が二人の告白を断ったと友火さんが知れば、何かしらアクションを起こしてくるかもって事」
「うーん……でも、それって俺が話していい事なんだろうか? 二人の告白を断ったから付き合ってくれって」
「そう、そこなんだよね。それは友火さんが自分で行動して解決しなければいけない問題なんだよ。だから保留なんだろうけど」
歩夢の仮説には説得力があり、なぜ保留にされたのか合点がいく。全てを片付けない事には前に進めないという事なのかもしれない。
俺が秋月に告白した時のように。
俺は二人の気持ちには応えられないと伝え一方的ではあったが精算したつもりだ。秋月への告白はもっと落ち着いてからするべきではあったかもしれないと今になって思うけど。
「そうは言っても俺の片想いかもしれないし」
秋月に好きと言われてはいないだけに不安ではある。
「だったら冬人が告白した時に断られてると思うよ」
「まあ、そうだけど……だからといって俺の事を好きとは限らないよな……」
「……冬人、ちょっと待ってて」
そういって歩夢は秋月のいるテーブルへ一人で移動して行った。
歩夢は秋月と何を話すつもりなんだろう?
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