第三章 体育祭

第50話 体育祭実行委員

「それじゃあ最後は体育祭実行委員のメンバーを決めます。誰か立候補する人はいますか?」


 既に決定した各委員の名前が書かれた黒板の前、教壇に立つクラス委員の月島誠士つきしませいじの通る声が教室中に響き渡る。

 誠士は面倒事の多いクラス委員に自ら立候補するという奇特な奴だ。一年の時も自ら立候補していた。こういったホームルームでの発言もハッキリと喋るので聞き取りやすいし、責任感が強く真面目なので適任なのかもしれない。


 二年に進級して数日が経った今日、ホームルームで各委員を決めているところだ。


「なんだこれにも立候補する生徒はいないのか? くじ引きになるから恨みっこなしだぞ」


 最後の体育祭実行委員もまた、先ほどまでと同じく誰も手を挙げて立候補する生徒は見当たらない。好き好んで面倒事を引き受ける殊勝しゅしょうな生徒は誠士くらいなもんだろう。


 立候補する生徒がいなければくじ引きで委員が決定する。「◯◯さんがいいです!」という推薦は押し付け合いが起こるで公平なくじ引きが採用されている。


 誠士は生徒の氏名が書かれた紙が入っている男女別に分かれた箱から一枚づつ紙を取り出す。

 教室中に緊張が走る。皆考える事は「自分に当たりませんように……」だろう。特に体育祭実行委員と文化祭実行員は誰もやりたがらない不人気委員だからだ。


「それじゃあ発表します……」


 教室中が静かになり生徒たちは固唾を飲む。


「男子の体育祭実行委員は神代冬人!」


「え? 俺⁉︎ マジか……」


 周囲から「よし! 俺じゃなくてよかった……」と小さくガッツポーズをして喜ぶ男子生徒の声が聞こえてくる。


 最後の最後で当たりを引いてしまうとは……よりによって大当たりを。体育祭は六月の上旬に開催されるので準備期間が二ヶ月くらいしか無く、とても忙しいと有名で誰もやりたがらない。


「じゃあ、最後です……」


 各委員は男女一名づつなので女子の発表がまだ残っている。今度は女子の間に緊張が走る。


「女子の体育祭実行委員は川端靖子かわばたやすこ!」


 女子の名前が発表されるや、またも安堵の声が周囲から聞こえてきた。


 川端さんといえば一年の時も同じクラスだった少し地味なオタクっぽい女子だ。

 正直なところ秋月が選ばれればいいなあと思っていた俺は、川端さんには失礼だが少し残念だと思ってしまった。彼女が悪い訳じゃなく秋月以外だったら誰でも残念に感じたのだろう。それだけ秋月に情が移ってしまったのだろうか? 自分でもよく分からないが複雑な気分だ。


「じゃあ、二人とも前にきて挨拶をお願いします」


 そんな事をボンヤリ考えていると挨拶するように誠士に促され、教壇で川端さんと顔を合わせ挨拶を交わす。


「か、神代くんよろしくお願いします……」


 緊張してるのか警戒されてるのか、どこかぎこちない感じだ。


「迷惑掛けちゃうかもしれないけど……こちらこそよろしく」


「い、いえ私の方が迷惑掛けちゃうかもしれないけど……」


「神代いいか? 時間も押してるからそろそろ皆んなにも挨拶を頼む」


 川端さんと謙遜し合ってたら誠士に早くしろと急かされてしまった。

 誠士にゴメンと一言謝り、教壇の上から教室の生徒達に向かい合う。何十人もの生徒から注目を浴びると流石に緊張する。


「神代です。分からない事ばかりですが頑張りますので協力をおねがいします」


「か、川端です。私も頑張りますので、よ、よろしくお願いします」


 俺と川端さんは無難に挨拶を終えた。


「体育祭実行委員は明日から早速ミーティングがあるから忘れないようにしてくれ」


 挨拶が終わると誠士からミーティングの詳細が書かれたプリントを渡された。


「えっ? もう明日から活動開始?」


「体育祭まで二ヶ月くらいしかないからな。今から忙しくなるだろうし二人とも頑張れよ」


 誠士に励まされパチパチとまばらな拍手の中、教壇から降りて席に戻る。


「神代くん、あんな人前でも堂々としてて凄いですね。私なんか自分の名前を噛んじゃって恥ずかしかった……」


「いやあ……実際は俺も何を言っていいか分からなくて内心はドキドキだったよ」


「明日からミーティングもあるし、足を引っ張らないか不安です……」


「俺も自信はないけど協力していけば何とかなるでしょ」


「う、うん……そうだね。明日からよろしくね」


 席に戻りながら話した感じだと、川端さんは自信がなく委員が重荷に感じているようだった。


 ――ま、何とかなるでしょ。



◇ ◇ ◇



 委員に選ばれた翌日の放課後、俺と川端さんは体育祭実行委員のミーティングが行われる第二視聴覚室に向かっていた。


「それにしても……神代くんは全然緊張してないみたいだね」


 横に並んでいる川端さんが不思議そうにしている。


「うーん……緊張してないというか……何とかなるだろうって楽観主義的な考えで開き直ってる感じかな? ほら俺が役に立たなくても体育祭はやらなきゃいけないんだし、誰かが何とかしてくれるでしょ。だから川端さんも気楽に考えればいいんじゃない?」


「そうだね……自分が役に立たなくちゃって思い詰めてても良い事ないよね。私も神代くんを見習って何とかなるだろうって思う事にする」


「そうそう、まだ何もしてないうちから悩んでも仕方ないし」


 そんな話をしながら目的である第二視聴覚室の前に到着した。視聴覚室のドアを前にして深呼吸をする。やはり最初の印象は良くしたい。もう一度ネクタイを締め直しドアを開ける。


「失礼します。二年C組の神代冬人と川端靖子です」


 俺は意を決して視聴覚室に入室し見渡すと、各クラスの委員達からの視線が俺たちに集まっていた。


「あー! 冬人も体育祭実行委員だったんだ! 川端さんも委員なんだ?」


 委員会のミーティングという大事な場所で、緊張感の無い声を挙げたのは春陽だった。彼女はホワイトボードの前に設置してある席から嬉しそうに立ち上がり、俺たちの方へ駆け寄ろうとするが隣の男子生徒に静止される。


「咲間。大事なミーティングだから後にしろよ。……神代、各クラスのテーブルが用意してあるから二人ともそこに座ってくれ」


 ホワイトボード前に立っている見覚えのある男子生徒から席に座るように促される。春陽の横に並んでいる男子生徒は一年の時にクラスメイトだった武居勝敏たけいかつとしだ。一年の時はほとんど話した事がなかったので印象は薄い。


「それじゃあ全員集まったな? これから体育祭実行委員のミーティングを始める」


 三年生の実行委員の生徒からの挨拶からミーティングが始まった。三年生も委員として参加するが、委員長は二年生から抜擢するとの事らしい。

 委員長は二年C組の委員が立候補し、他に立候補する生徒がいなかった為、そのまま決定した。ちなみに二年C組は春陽のクラスで、一年生の時のクラスメイトの武居が委員長に決まった。


「委員長に選ばれた二年C組の武居勝敏です。若輩ではありますが、委員長に選ばれたからには最高の体育祭になるように全力で頑張ります。他の委員の協力も不可欠になりますので協力をお願いします」


 武居は委員長に相応しい挨拶をし、委員長としての存在をアピールした。


「まず自分から提案があります。委員会のミーティングでは一年、二年生の生徒に対しては全員名字の呼び捨てで、三年生の先輩方には“先輩”という敬称を付けて呼ばせて頂くがよろしいか?」


 武居が言うには相手によって敬称を変えたりするのは面倒なので統一してしまった方が楽ではないかとの意見だった。特に反対意見も無くそのまま採用された。


 こうして始まったミーティングはスムーズに進行し、今回の議題は全て決まった。


「ふう……やっぱり適材適所ってのはあるよな。武居が委員長をやってくれたお陰で楽だったな」


 教室に戻りながら隣を歩く川端さんと今日にミーティングについて話し合っていた。

 

「本当にスムーズに話し合いが進んだね。これからもあんな感じなら気が楽だね」


 一年生の時にクラス委員に立候補して投票で誠士に負けた武居だったが、立候補するだけあってリーダシップは見事なものだった。


「だから言っただろ? 誰かが何とかしてくれるって」


「あはは、本当に神代くんの言った通りになったね。こういうのを他力本願っていうのかな? 私たちの出番なしでも色々と決まっちゃったし」


 あれほど緊張し、自信がなさそうにしていた川端さんだったが今は笑顔で話している。

 川端さんは他力本願っていうのは人任せみたいな意味合いで使ってるようだけど、ちょっと違うんだよね、とは言わないことにした。最近の使い方ではあながち間違っていないみたいだし。


「でも、クラスでの体育祭の話し合いは俺達で主導していかなきゃならないから、何もしなくていいって訳でもないからなあ」


 今日の議題で決まった事を今度はクラスの話し合いで詰めなくてはならない。結局は人任せにはできないのだ。


「確かにそうだよねえ。その辺は今やクラスの人気者の神代くんに任せるから!」


「え? 別に人気者じゃないと思うけど……」


「そんな事ないよ。昼休みになると神代くんの周りが一番賑やかになってるじゃない」


 確かに色々と人が集まるようになったけど、他のクラスや下級生の妹の友達だったりするんだけどね。


「あー、あれは何だろうね? 俺にもよく分からないけど人が人を呼んでる感じなのかな? ほら妹も来てるし、その友達だったり、秋月目当の春陽だったりさ。だから俺が人気者って訳でも無いと思うぞ」


「ふーん……神代くんは自分の事をあんまり分かってないようだね」


 川端さんはクスクスと笑いながらさっさと教室に入ってしまった。俺はそれを追いながら彼女の言ってる事を考えてみたが、結局意味は分からなかった。


「明日のロングホームルームは決めなきゃならない事が結構あるからよろしくな!」


「うん、分かった。それじゃあまた明日ね」


 体育祭まで二ヶ月弱しか無い中で、自分の与えられた役割を全うできるか不安だったが、川端さんと二人なら何とかなりそうだな、と廊下を歩いて行く彼女の後ろ姿を見送りながらそう思った。

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