第11話 ビックリカメラでお買い物(後編)

 目的のモニター売り場に到着すると、ここもまたヘタな専門店より広いスペースにモニター類が陳列されている。並べられたモニターには、鮮やかな色取り取りの映像が映し出されていた。


「ここで新型の液タブの試しが描きがしたいんだ」


 イラストを描く時に下描きはアナログで描く事が多いが、ネットに絵を公開するなら最終的にはデジタルで仕上げをするから液タブも併用している。


「液タブ? 何それ?」


 まあ、絵を描いたりするかガジェット好きじゃなきゃ、液タブとか言われても分かんないよな。


「液タブってのは液晶タブレットの略で、簡単に言えばパソコンに繋いだモニターに、直接ペンで線が描けるディスプレイの事だよ。この辺に売ってるのがそうだな」


 俺は近くに置いてあった液タブのペンを秋月に渡した。


「あ、なんか変わった感触。普通のペンとは違った持ち味だね」


「タブレットのペンは重いから持ち易いようにグリップが太いんだよ」


「へえ……あ、面白い……狙った場所にちゃんと線が描ける」


 秋月はモニター上の白いキャンバスに、丸やら四角やらグニャグニャ線を描いたりしている。


「アンタはこれが欲しくて見に来たの?」


「いや、その位のサイズの液タブは持ってるんだけど、大型の機種が最近発売されたから試し描きしたくてさ。ほら、あっちにあるデカいヤツ」


 俺は少し離れた場所に置いてある大型の液タブを指差した。


「うわ! 本当に大きいわね。ウチのリビングに置いてあるテレビと同じ位の大きさだわ。これ描けるの?」


「何せ三十二インチだからな。お値段もビッグだけど。これも液タブだから描けるよ」


 そう言って値札を指差す。


「三十万円⁉︎ これ三十万円以上もするんだ?」


 驚くのも無理はない。同じサイズの普通のテレビなら四〜五万円くらいで買えるんだし。


「アンタも持ってるって言ってたけど、やっぱり高いの?」


「まあ七〜八万円はしたかな」


「へえ、絵を描くのってお金が掛かるのね」


「デジタルの場合は機材を一度買ってしまえば、その後は殆どお金が掛からないけど、逆にアナログの画材の方がお金が掛かるよ。何せ殆どが使い切りの消耗品だからね」


 ――さて、何を描くかな……そうだ! 秋月にサービスしてやるか。


 俺は大型の液タブ上の白いキャンバスにペンを走らせる。


 すぐ隣で秋月が興味深そうに画面を眺めている。形が整い始めて、ある程度のシルエットが分かってきた頃に彼女が驚きの声を上げた。


「あ! アナスタシア⁉︎」


 俺は秋月の小説“異世界ハーレム“のヒロイン、“アナスタシア”を描いている。


「正解」


「こんな短時間に、こうもスラスラ描けるなんて本当にアンタは絵が上手いわね」


「人物のイラストなら、よほど特殊なポーズじゃない限り簡単なバストアップくらいなら何も見ずに描けるよ」


「はあ……アンタの事ちょっと見直したわ」


「え⁉︎ 俺って秋月に見直されるくらい評価が低かったの?」


「あら? 高評価だと思ってたのかしら?」


「高評価っていうか……まあ普通くらいかな、と」


「ま、エッチなイラストを描くのが趣味な事を差し引いて、評価は普通くらいになったかしらね」


「……お前はどうしても、俺がエッチなイラストを描くのが趣味の男にしたいらしいな」


「だって今描いた絵も、無駄にオッパイ大きいよね」


 ギクっ!


 液タブに絵を描く時、秋月の大きな胸をちょっと意識したら、思わず大きく描いてしまった……


「ほーら、黙っちゃって図星じゃない? いい加減諦めて認めなさい」


 図星を突かれ反論出来ず、内心冷や汗をダラダラ流し黙っている俺に秋月は容赦は無かった。


「……よーし分かった! 認めてやる! だから俺は描くぞ! 秋月をモデルにした水着の……いや……下着姿のエッチなイラストを描いてやる! そして……Pixitに公開してやる!」


「え⁉︎ ちょ、ちょっとアンタ何言ってんのよ! 私の下着姿のイラスト⁉︎ や、止めてよね!」


「いいや……止めないね。お前は俺を怒らせた。絵を描ける男を怒らせると、どうなるか思い知るがいい! イラストでの公開処刑だ! フハハハハハ!」


 俺は今、とても気分が良い。いつも秋月にやられっ放しだが今は立場が逆だ。


「イラストの投稿を止めて欲しければ、許しを乞うがいい! フハハハハ!」


「……神代くん、聞こえてる?」


「フハハ……ハ? ……って、あれ? 山本さん?」


 男性の声で現実に引き戻される。

 

「何か騒がしくて来てみたらカップルが痴話喧嘩してるって聞いて、良く見てみると神代くんじゃない。周りから注目されまくってたから声を掛けたんだけど、大丈夫?」


 もしかして俺たちは、凄い注目を集めているんではなかろうか?


「で、神代くんは彼女とデート?」


「か、彼女じゃないですよ。友達と買い物に来てただけです」


「そう? 彼女は否定してないようだけど?」


「ち、違います! ただのクラスメイトです!」


 顔を真っ赤にしながら全力で否定する秋月。


 山本さんはニヤニヤとしている。あ、これ絶対に面白がってるな。


「山本さん、からかわないで下さいよ」


「ゴメン、ゴメン、可愛い子連れてるから、ついからかいたくなっちゃってさ」


「もう……恥ずかしいですよ」


 俺と秋月は先ほどのやり取りで客に注目されまくり既に恥ずかしい状況だが、彼女とか言われるとまた別の恥ずかしさを感じでしまう。


「山本さん、明日の教室には来ますよね?」


 これ以上は恥ずかしくて耐えられそうにない俺は、別の話を振ってこの話は終わらす事にした。


「ああ、もちろん行くよ。神代くんは?」


「もちろん行きます」


「そう、じゃあデートの邪魔しちゃ悪いから、また明日、教室で。デートの邪魔して悪かったね」


 そう言いながら山本さんは去って行ったが……どうしてもデートにしたかったらしい。いや……よく考えてみると男女二人で出歩いてればデートになるのか? そう考えると嫌でも秋月の事を意識してしまう。


「ねえ、さっきの男の人は誰だったの?」


「え? あ、ああ……俺が通ってるマンガとかイラストの教室の生徒さんだよ」


 少し秋月の事を意識してしまったせいで少し上擦ってしまった。

 

「へえ、アンタそんなとこ通ってるんだ?」


「まあね。なあ、そろそろ疲れたし喉も渇いたからカフェにでも行ってゆっくりしないか? 秋月も相談があるって言ってたし七階にカフェがあるから、そこでいいよな」


「そうね、私も色々と疲れたし、その教室の話も聞きたいから行こっか」


 ――はあ……今日は色々あったから本当に疲れたな。


 溜息を吐きながら上階にあるカフェに俺たちは移動した。

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