第75話 結末の裏側で
今日は奏音ちゃんが冬にいとデートをすると言っていた日曜日。
奏音ちゃんは気合を入れてデートのつもりでいるようだけど、冬にいは後輩の買い物に付き合うって程度の感覚で、デートだなんて
奏音ちゃんは元より、春陽さんは中学の時から兄に対する好意は私からしてみればバレバレだし、秋月先輩は分かり難いけど兄の事を好ましく思っているような感じがする。
女の私から見ても魅力的な美女三人からの好意に気付いているのかいないのか。そういう鈍いところは妹ながら呆れてしまう。ラブコメの鈍感系主人公かっつーの。
そんな朴念仁な兄と奏音ちゃんのデートが心配で今日は落ち着かない。
ブブッ!
スマホのバイブが振動し新着メッセージを知らせる。
「ん? 奏音ちゃんから?」
アプリを開き内容を確認する。
――!
『今日、冬人先輩に告白しました。でも返事を聞くのが怖くて今度会った時に聞かせてってに逃げちゃった。どうしよう次に会うのが怖いよ』
――やっぱり告白したんだ……学校で話した時に今日のデートに気合入れてたし、何かしら行動するかもとは思っていた。
「どうするんだろう? 冬にいは誰が好きなの?」
ここに居ない兄に対して一人問い掛けた。
冬にいは秋月先輩の事をよく私に話してくる。アイツにいつも
「はあ……奏音ちゃん大丈夫かな……」
自分の事ではないのに溜息が漏れた。バカ兄貴はいいとして親友の事は心配なのは当然だ。
私はどうにも落ち着かなくて玄関の中で兄貴が帰ってくるのを持っていた。
しばらく玄関に座って待っていると、鍵穴に鍵を差し込む音が聞こえた。
――やっと帰ってきた! 冬にいが帰ってきたようだ。私は立ち上がり待ち構える。
「冬にいおかえり。今日は楽しかった?」
「あ、ああ……楽しかったよ」
本当はそんな事よりも告白の返事をどうするかが知りたかったが言い出し難い。
「そう……それでどうするの?」
聞き難い内容だったせいもあり、こんな聞き方になってしまった。冬にいは最初トボけていたが返事をどうするか分からないと言っていた。
やっぱり奏音ちゃんの恋が実って欲しいけど、私は春陽さんも秋月先輩も好きだし冬にいが答えを出せないのはある程度は理解できた。
こればかりは本人の問題だし私は後悔の無いようにとだけ伝えた。
◇
今日は学校から帰ってきてから冬にいの様子がおかしい。夕飯の時も無言でずっと何かを考え込んでいるようだ。
奏音ちゃん、秋月先輩、春陽さんの事に関係する事だとは思う。だけど今は聞けるような雰囲気ではない。
奏音ちゃんに告白の返事をしたとも聞いてないから一体何があったか気になる。それにしても……なんで私が冬にいの事でこんなに気を揉んでいるのだろうか。
私はブラコンでは無いけどやはり兄が落ち込んでいるのを見ているのは辛い。そんな事を奏音ちゃんに言ったらブラコンとか言われそうだけど。冬にいは……シスコンかな? だったらちょっと嬉しいかも。
◇
結局、昨晩は何があったのか聞き出せなかったから、一晩明けた今なら聞けるかと思い冬にいと一緒に登校する事にした。
私は冬にいに昨日何があったのか問いただした。
「昨日、春陽に付き合って欲しいと告白された」
元々、好意を見せていた春陽さんの事なので、それほど驚きは無かった。いよいよ我慢できなくなり行動したのかもしれない。
「それで?」
「春陽と付き合うことはできないと断った」
やっぱり……冬にいは春陽さんの事を大切な友達としてしか考えていなくて、異性として好きという恋愛感情的な雰囲気は無かったように思える。
「どうして?」
冬にいの返事は想像できるけど本心を聞きたかった。
「……他に好きな人がいるから」
「それは奏音ちゃんじゃないよね」
「ああ……違う」
――ああ、やっぱり……聞きたくなかった答えが返ってきた。
「それで今日なんだね?」
「そうだ」
「分かった……あとは私に任せて」
冬にいは今日のイラスト教室で奏音ちゃんに会うから、その後で告白に対する返事……つまり奏音ちゃんを振る事になる。だから二人を待ち伏せして尾行する事を決めた。
兄弟や友達なのにそこまでする? と思うかもしれないけど奏音ちゃんは振られる事がほぼ確定している。そんな友達を放ってはおけない。きっと最後は兄の前で強がる事が想像できるから。
◇
学校が終わった後、冬にいの通っているイラスト教室の近くのカフェで時間を潰し、終了の一時間くらい前から教室の建物の出口を影から見張っている。
時間通りに出てきて欲しい。
二人が授業を早退けして帰宅してない事を祈りたい。
待つこと一時間近く……出てきた!
二人に見つからないように尾行する。しばらく歩くと小さな公園に二人は入っていった。話の内容からカフェとかでする事では無いから最適な場所では無いだろうか?
私は公園のベンチに座る二人に見つかれないように出口付近で影を潜める。出口がひとつしか無いので待ち伏せしていれば見逃すことはないだろう。
遠くから二人を眺めているとカップルにしか見えない。そうであったなら……どれだけ良かっただろうか。
こうやって覗き見をしていると私は何をやっているんだろう? そん気持ちが湧き上がってくる。だけどこれは必要な事と自分に言い聞かせていると二人の間に動きがあった。
何を話しているのか分からないが一番重要な話なのだろう。これから起こる事を私は見届けなければいけない。
見つめ合い、そして
「ずっと見てたんだろ? 夏原を送っていって欲しい」
公園を出たところで私を見つけた冬にいはそう告げて一人で歩いていく。その表情から兄の感情は
でも、今大事なのは奏音ちゃん。私はベンチに腰掛け黄昏ている親友に駆け寄った。
「奏音ちゃん迎えに来たよ」
何を話せばいいか何も思い付かなかった。慰めなどいらないだろう。だから一緒に帰ろう、それだけを伝えた。
「……っ……! 美冬ちゃん……」
声を掛けるまで私が近付いた事に気付かなかった奏音ちゃんが静かに顔を上げた。その瞳には涙が溜まり今にも溢れそうだった。
「美冬ちゃん……美冬ちゃん、私ダメだった……う……っ……」
私の胸に飛び込んできた奏音ちゃんは、ぽろぽろと大きい雨粒のような涙を落とした。
――私も泣きそう……でも私まで泣いたらダメ。
奏音ちゃんを抱き締め私は涙を堪えるので精一杯だった。
冬にいが悪い訳ではないが、こんな可愛い奏音ちゃんを泣かした兄を一発殴ってやりたくなる。
ただ泣いている奏音ちゃんを抱き締めていた。
「美冬ちゃん……ありがとう……もう大丈夫」
「うん」
「美冬ちゃんが来てくれて嬉しかった……」
「うん、うん……一緒に帰ろう」
私は頷く事しかできないけど……今の私達に言葉は不要だった。
奏音ちゃんの気持ちは痛いほど分かるよ……だって大切な友達だから。
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