第77話 告白

 結局、昨晩はあまり眠れず学校へ登校した。教室へ入り秋月の席に目をやる。まだ来ていないようだ。

 秋月へ好意を自覚してから彼女の事を変に意識してしまい、直接顔を合わせた時に上手く話せるか自信がない。これが恋をするという事なのだろうか。色々と手に付かなくならないように気を付けないと。


「ねぇ」


 そんな秋月の事で思考が埋まってしまった俺の耳元で何かが聞こえた。


「ちょっと、無視しないでよ! アンタ聞こえてる?」


「うわっ!」


 秋月が俺の目の前に回り込み顔を覗き込んできた。彼女の顔が近い……そして相変わらず可愛い。

 不意に声を掛けられてドキドキしているのか、秋月の可愛さに当てられドキドキしているのか最早分からなくなっていた。


 我ながら恋の病は重症だなと思う。


「そ、そんなに驚かなくても……アンタ顔が赤いけど大丈夫? ボーッとしてたけど熱でもあるんじゃないの?」


 そう言って秋月は俺のおでこに手を当てようとする。


「い、いや大丈夫だから。そ、そんな事より放課後大丈夫?」


「あ、うん……だ、大丈夫。は、話って何かな……?」


「えっと……聞かれたら困る事だから……放課後屋上で話すよ」


「あ、うん……分かった。屋上でね」


 秋月のやつ顔を赤くしてたけど何か勘違いしてはいませんかね? そんな表情されたら俺まで赤くなってしまいそうだよ。


〜 放課後 〜


 俺は先に屋上に来て秋月を待っていた。同じクラスなんだから一緒に来ればと思わなくもないが、一緒に屋上へ行くところをクラスメイトに見られたら変な噂を立てられかねない。とはいえ、俺が彼女を呼び出した事が知れ渡ればそれはそれで噂になるだろう。結局のところ別々の行動してバレないようにするしかない。


 待つこと数分。秋月が階段から屋上に続くドアを開けて姿を現した。


「は、話があるって言ってたけど一体なんの話かしら?」


 秋月は上目遣いでチラチラと俺を伺っている。朝と同じように薄らと頬を染めていた。


 ――うん……これ絶対勘違いしてるわ。屋上に呼び出すなんて生意気なヤツにヤキを入れるか、告白イベントくらいだよな。


「え、えと……この前の小説の事なんだけど……」


 やべえ何かメチャ緊張してきた。どうせなら、このまま告白しちゃおうか? そんな思考が頭をよぎったが深呼吸して冷静になるよう努める。ふーはー。


「う、うん……」


「凄い面白かった。続きが早く読みたいと思った」


「う、ううん?」


 秋月の小説に俺に対しての何かしらのメッセージが込められているのなら、その返事かもしれないと彼女は考えているかもしれない。

 だからだろうか秋月は何か拍子抜けしたような、頭の中にクエスチョンマークを浮かべているような感じだった。


「あ、ああ……そうね、そうよね……ありがとうぅ……」


 秋月の語尾が小さくなっていってるが気にせず先に進める。


「さっき見たらまだ公開はしていないみたいだし小説の公開を少し待って欲しいんだ」


「どうして?」


「あの小説のキャラクターデザインを俺にやらせて貰えないか?」


 あの小説が俺に対して何かしらのメッセージがあるのなら、自分なりに何かしらのレスポンスをしなければならないと思う。自分に出来る事は本当に少なくて絵を描く事しかない。


「え? 今なんて……?」


「秋月の新作のイラストを描かせて欲しい。前に約束した事を果たしたい」


 俺がイラストを描きたいと思えるような面白い小説が書けたら、ファンアートを描くと秋月に約束をした。だから今がその時だ。


「う、うん! お願いします! やったぁ! イラストが付く! 本当に嬉しい。ありがとう」


 先程まで落ち着きのなかった秋月と打って変わり、花が咲いたような笑顔を向けてくれた。


「それじゃあ、キャラクターのプロフィールがあれば後でメールで送って欲しい」


「うんうん、分かった! キャラクターの公開と一緒に小説を公開しようと思う」


「それなら急いで描かないとな」


「無理しなくていいよ。まだ続きを書いてなかったからゆっくりでいいからね」


「ああ、秋月も無理せず書いてくれよ」


 こんなに浮かれてはしゃぐ秋月を見るのは初めてだ。その笑顔はとても魅力的でこっちまで嬉しくなってくる。


 最高の小説に全力のイラストをプレゼントしたいと思う。


 秋月の笑顔を見たいその一心だけが俺を突き動かす。



◇ ◇ ◇



 秋月を屋上に呼び出しイラストを描く許可を貰ってから数日後、彼女に見せる為にタブレット端末にイラストを転送した。


「うん、我ながら良いデキだ」


 高精細なタブレットのディスプレイに映し出されたイラストを眺めて自画自賛を送る。


 いよいよ主人公とヒロインのイラストの完成だ。このままメール等で送ってもいいんだけど、それだと秋月の喜ぶ顔が見れない。だから直接見せたいと思い休日に会う約束を取り付けた。


 次の日曜日、秋月に会うのが楽しみだ。早く彼女の喜ぶ顔が見たい。



◇ ◇ ◇



 イラストお披露目の日曜。秋月と目的の駅で待ち合わせをし、春陽と新作の小説を読んだネットカフェに行く事にした。


 エレベーターを降りて受付で前回と同じようにオープンカフェを選ぼうとすると、後ろから秋月が俺の袖をクイクイと引っ張ってきた。


「ん? どうした?」


「私、個室に入ってみたい」


 秋月が俺の耳元で店員さんに聞こえなくらい小さな声で囁いてくる。

 耳に吐息が掛かり思わず仰け反りそうになってしまう。背中のゾクゾク感とドキドキが止まらない。俺を殺す気ですか秋月さん?


「こ、個室だと別々になっちゃうぞ」


 すると秋月が料金表の一部分を指差した。


 ――ペアシート⁉︎


 ペアシート……カップルでしか使えない憧れの個室。


 突然積極的になった秋月に戸惑いを隠せない。どうしたらいいかとオロオロしていると受付の店員さんの目が早く決めろと訴えているのに気付く。


「ペ、ペアシートでお願いします」


 フラットタイプとソファータイプが選べるがソファータイプにした。

 秋月が使いたいというのだから、スパッと男らしく決めよう。ああ、何だかカップルになったように思えて仕方がない。一体どうしたんだろうという疑問もあるが嬉しい事この上ない。


 目的の番号の個室に到着し扉を開けると二畳くらいの広さでソファーとPCが設置されている。壁は上の部分が空いているので完全な密室ではないがそれでも個室である事には変わりは無い。


 部屋に入ると思った以上に個室だった。カップル向けなのか二人で座るとソファーが沈み込み、肩が触れ合うくらいに秋月が接近してくる。


 ――やばい……秋月のいい匂いと触れ合った肩から体温を感じる。ドキドキが止まらない。


 俺は恐る恐る隣に座る秋月を横目に見る。彼女も緊張しているのか何か落ち着かない様子が見て取れる。顔も少し赤みを帯びているような。


「と、とりあえず飲み物取って来ようか? 秋月は何がいい?」


 このままではお互い緊張で何も話せないと思い、飲み物でも飲んで落ち着こう。


「じ、じゃあウーロン茶で。無かったら他のお茶でもいいよ」


「わ、分かった。行ってくる」


 個室を出ると俺は盛大に溜息を吐いた。緊張から心臓を掴まれていたような感覚だった。ドリンクバーの前に立ち深呼吸する。


「ふぅ……少し落ち着いてきた。戻ったら意識し過ぎないようにして今日の用事を最優先にしよう」


 俺はそう言い聞かせてドリンクを手に個室に戻る。


「はい、ウーロン茶が無かったからアイスティーにしたけどいいか?」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 俺は再び秋月の横に座る。やはりソファーは沈み込み秋月と肩が触れ合う。


 ――意識しない意識しない……とはいえ意中の女の子が隣にいて意識するなというのは無理な話だった。


「そ、それじゃ、描いてきたイラストを見せるよ」


 緊張の中、タブレットを鞄から取り出し目的のイラストを表示させる。


「はい、これが主人公」


 タブレットを覗き込む秋月が更に接近してくる。髪の毛のいい匂いがフワリと鼻腔をくすぐる。


 ――どうして女の子はこんなにもいい匂いがするのだろうか? 香水やシャンプーとも違う甘い匂い。これがフェロモンというやつなのだろうか? この匂いを嗅いでいると心臓がバクバクと高鳴り落ち着かない。


「うわぁ……主人公イメージにピッタリ……イケメン過ぎないとこがイメージ通りだね」


 秋月の緊張は無くなったようでイラストを見た瞬間、花を咲かせたようにパアっと明るい表情になる。


「このイケメン過ぎないように描くのが意外と難しいんだよ」


「へえ……そうなんだ?」


「顔のパーツをわざと崩して描くんだけどその崩し加減が難しいんだ。崩し過ぎるとタダのブサイクになっちゃうからね。それだと読者ウケはしないだろうし」


 秋月は何となく納得したようで、ウンウンと頷いている。


「さて……次はヒロインだけど……」


 俺はタブレットの画面をフリックしヒロインのイラストを表示させる。


「え! これって……」


 秋月が驚くのも無理はない。

 これは俺が秋月をイメージして描いたのだから。制服をセーラー服に変えたり髪型を若干変えてはいるが髪留めのアクセサリーとかのデザインがほぼ同じだ。


「このキャラクターのイラスト、何だか既視感を覚えるんだけど……」


「それはそうだよ、これは秋月をイメージして描いたんだから。下着姿のイラストを描いた時の事を思い出したのかも」


「もう……あのイラストの事は恥ずかしいから思い出させないでよ……」


 顔を赤く染めプイッと横を向いてしまった秋月がなんだか可愛くて愛おしい。


「こんなに可愛くない……」


 秋月が聞こえないくらいの小さな声でボソッと呟いた。


「えっ?」


「私はこんなに可愛くないって言ったの」


 俺にとってはイラストより本人の方が千倍……いや万倍は可愛い。


「そんな事ないよ。イラストより秋月の方が圧倒的に可愛い。秋月の魅力をイラストで引き出せなくてゴメン」


「そ、そんなことは……」


 物凄い恥ずかしいセリフを素でいってしまった。隣に座る秋月は顔が茹で上がるほど真っ赤だ。俺も顔が熱い……たぶん自分も真っ赤になっている事だろう。


「イラストを描いてる時にさ……秋月の顔が頭に浮かぶんだ。意識しないようにしてもダメだった。だからいっその事、とびきり可愛く描いて似せてしまおうと思ったんだ」


 ――ああ、もうダメだ……胸に溢れる想いは止めることができない。全て言葉に出てしまう。


 ――もう言ってしまおう……どういう結末でも構わない、全てを伝えてしまおう。


 俺は秋月の目を見つめ、この胸に湧き上がる感情をそのまま言葉にする。


「俺は……秋月の事が好きだ……フレンドリー・ファイヤの正体を知った時からずっと惹かれていたんだ……だから……付き合って欲しい」


 数秒間の沈黙……口を開き何かを言い掛けた秋月の表情は泣きそうだった。

 

 ――貴女はなぜ泣きそうなんですか……?


「ごめんなさい……あなたと付き合うことはできないです」


 ――えっ?


 その言葉で俺の目の前は一気に暗闇へと暗転した。


<第四章完>

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作中作品のヒロインのイラストを描きました。

こちらからご覧ください。

https://kakuyomu.jp/my/news/1177354054893603769


今回で第四章は完結です。

特別編を挟んで最終章のスタートとなります。

完結までお付き合いください!

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