第53話 春の動物園デートは注意が必要
体育祭実行員の忙しさもあり、あっという間に四月も終わりを迎えゴールデンウィークに突入した。
今日は五月五日こどもの日。春陽と下野動物園に行く約束をした日だ。家がお互い近所なので待ち合わせは地元の駅前にした。
待ち合わせの券売機の近くに到着すると、春陽はまだ来ていないようだ。
待つ事数分。
「ゴメーン、冬人待ったあ?」
少し遅れて春陽が待ち合わせ場所にやってきた。
薄手のカーディガン、グレンチェックのミニスカートから伸びる白い脚に黒いソックス、金の装飾の付いたローファーというシンプルでカジュアルなファッションがとても似合っていた。
「い、いや俺も今来たばかりだよ」
私服姿を見るのは久しぶりだが……ミニスカートから伸びる白い生足につい目がいってしまう。細すぎず太すぎず男子が好きそうな健康的な脚だ。
「あれー? 冬人の目はどこを見てるのかなぁ?」
もしかして……春陽の魅力的な生足に目線がいってしまったのがバレた⁉︎
「い、いや、ど、どこも見てないぞ……」
「アレレー? なんか噛んでるし怪しいなぁ」
春陽は俺がどこを見ていたのかを分かってニヤニヤしているとしか思えなかった。これは誤魔化すのは無理だな。
「あーもう、分かりました! えーと……春陽の……その……脚を見てました!」
脚に見惚れてたなんて恥ずかしい告白をヤケクソ気味にした。
「あー冬人のエッチ! 生足に見惚れてたんだ?」
春陽は嬉しそうにニヤニヤしながら聞き直してくる。足をジロジロ見られて嬉しそうな訳ないか?
「いや……健康的な脚だなぁと思って見惚れてました! スイマセン!」
「えへへ、冬人が私に興味持ってくれてるんだ? ちょっと嬉しいかも」
春陽は照れ臭そうにはにかんだ。その表情は付き合いが長くなり見慣れていたつもりだったが可愛いと思ってしまった。久しぶりに見た私服の彼女は秋月とタイプは違えど、負けず劣らずの美少女である事を再認識させられつい意識してしまう。
「いや、その私服もシンプルで似合ってて可愛いと思う……」
「え? あ、あの……そうやって真面目に可愛いと言われると恥ずかしいというか何というか……えと……冬人、どうしちゃったの?」
「い、いや本音で答えただけだけど……その……久しぶりに見た私服姿が新鮮だなあって思っただけだよ」
ちょっとテンパってしまった俺は誤魔化すように答えた。
「そ、そう……冬人に褒められて嬉しい……ねえ……腕組んでいい?」
「えっ⁉︎ いや……それは……」
「私とは嫌?」
「嫌じゃないけど……ここは地元だし……その……動物園に着いてからならいいよ」
「ほんと⁉︎ やった! 約束だからね! じゃあ、こんな所でモタモタしてないでさっさと行こう!」
急にテンションが高くなった春陽に腕を引かれ改札を抜けて動物園へ向かった。
◇
「うわぁ、やっぱり混んでるねぇ」
駅に到着し公園口改札から公園を抜け動物園の入り口までは行列が出来ていなかったが、入場すると園内は家族連れで混んでいた。
「そりぁあゴールデンウィークだしね。でも、思ったより混んでないかな?」
入場するまで並ばされると覚悟していたので、すんなり入場できたのは嬉しい誤算だ。
「それじゃあ……さっき約束したんだからね」
そういって春陽は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「今日はこのまま動物園を散策するんだからね!」
春陽は更に身体を密着させてくる。俺の腕に何か柔らかいモノが当たる。秋月ほどではないが、彼女の胸も洋服の膨らみから考えても大きい方だと思う。
「お、おい! くっ付き過ぎだ。ちょっと離れろ」
「嫌ですぅ。このまま今日は過ごすんだからね。約束だよ!」
そんな強気な春陽だが、よく顔を見てみると頬を赤く染め、実は本人も恥ずかしいんではないだろうかと思わせるくらい首元まで赤くなっていた。
「なあ……恥ずかしいんだったら、離れてもいいんだぞ?」
「ううん……私はこのままがいいの。それに直ぐ慣れるから大丈夫」
いや……春陽が大丈夫でも俺が大丈夫では無いのだが。その柔らかいモノが当たっている間は……よし無心になろう。
俺はなるべく感触の事は考えないようにして、動物園のパンフレットを開く。
「えーと……あそこに出来てる長蛇の列がパンダか。やっぱり人気だな。どうする? 並ぶか?」
下野動物園といえばパンダだ。やはり一番人気であろうことが列の長さで伺える。
「うん、せっかく来たんだしパンダは関東でここでしか展示してないから見たいな」
春陽が見たいという事で並ぶ事にした。
少しづつ列は進みガラスで囲われた展示スペースまでやってきた。
『ここでは立ち止まらず進んでくださーい』
係員が拡声器で立ち止まらないように指示を出している。
「立ち止まって見れないと、ほとんど見る時間無いな」
人混みの中、立ち止まる事も出来ないので人と人の隙間からパンダを探す。
「あ! いた! 春陽、ほらあそこ! 笹食ってるよ」
本当に少ない隙間から白黒の姿が確認できた。俺より背が低い春陽は見えるだろうか?
「あ……あ! 見えた! 笹食べてる! でも……よく見えないね」
パンダは展示場の奥の方にいて辛うじて存在が分かる程度だった。
「もう一頭いるはずなんだよな……」
俺は隣の展示場を目を凝らして探してみる。
「あ、ああ……あそこで寝てるのがもう一頭のパンダじゃない?」
よく見てみるとだらしない格好でうつ伏せに寝ているようだった。
「うーんと……あ、寝てる! うつ伏せで! カワイイ!」
うつ伏せで寝てる間抜けなパンダをみて春陽は大喜びだ。
「このだらしなさがパンダって感じだよな。笹食べてるか、だらしなく寝てるか。そういうイメージじゃない?」
俺はパンダの一般的なイメージを春陽に同意を求めた。
「確かに活発に動いてるイメージはパンダには無いよね。この緩い感じこそ、ザ・パンダだよね」
パンダを観覧できる時間はあっという間だった。長時間待って見れる時間は一瞬だ。
「パンダはテレビとかで観た方がちゃんと見えていいな」
「こういうのは雰囲気を楽しむものだからこれでいいの」
春陽は一瞬しか見れなかったが満足そうだ。
パンダを見終わり続いてワシや鷹の猛禽類のゾーンを抜け、虎とライオンのゾーンにやって来た。
「ここから虎とライオンか……春陽は確か猫科が好きだったよな?」
「うん、動物は何でも好きだけど特に猫科の動物は好きだよ」
ライオンの展示は上から俯瞰して見る展示になっている。観覧スペースからライオンの姿を探す。
「あ、春陽! あそこにライオン……え?」
ライオンの姿を見つけ、指差しながら春陽に教えようと目を凝らしてよく見てみると……メスのライオンの上にオスのライオンが乗っかっているじゃありませんか。
アレ? これってもしかして交尾中? おい! こんなの春陽と一緒に見たら気まずいぞ!
「ね、ねえ……冬人……アレってさ……エ、エッチしてるんだよね?」
交尾をエッチと表現するのは如何なものだろうか? 交尾なら自然の営みに聞こえるがエッチだと本当にエッチ過ぎる。
「い、いや……アレは、こ、交尾をしてるんだと思うぞ……」
なんという会話! 気まず過ぎる!
「こ、交尾の方が私にはエッチに聞こえるんだけど……」
そんなぎこちない会話を交わしている間にも、オスのライオンが腰をカクカクさせ始めた。俺と春陽はその様子から目を離す事が出来なかった。
腕を絡めた春陽が更に深く腕を絡め、自分の身体を預けてくる。春陽の柔らかい胸の感触とシャンプーとは違う女性のいい匂いが脳を揺さぶる。これ以上はヤバい……何となく下半身に血が集まってくるのを感じた矢先、俺たちの視線の先でオスのライオンの腰を動かすスピードが速くなり程なく止まった。腰を止めるまでの時間は15秒ほどだろうか? たぶんオスはイッたのだろう。
「はやっ!」
春陽の口から思いもしない言葉が飛び出した。
「え? い、今、はやって聞こえたけど……」
俺は思わず聞き返してしまったが、当の春陽は顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
「い、いや……何でもない……」
春陽が何も答えないので俺は何も聞かなかった事にした。
俺たちの間に一分ほどの沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは近くにいた家族連れの保育園くらいの子供だった。
『ねえ、あのライオンさん上に乗って何をしてるの?』
この地雷とも呼べる質問を聞いて俺と春陽は我に返った。
「そ、そろそろ次に行こうか?」
「そ、そうだね……つ、次は何かなぁ……あはは……」
こうして足早にライオンゾーンを後にした。あの家族連れの両親が子供に何と説明したかの確認もぜずに。
この後はゴリラゾーン抜け、
「喉乾いたな。何か買ってくるけど春陽は何が飲みたい?」
「んーと……一緒に買いに行く」
二人で売店に並び、俺はアイスコーヒー、春陽はアイスのストレートティーを注文した。購入したドリンクを受け取りテーブルでひと息吐いた。
「はああ……珍しいものを見ちゃったな」
先ほどのライオンの光景を思い出し独り言のように呟いてしまった。
「あ……」
先ほどの光景を思い出させるような失言をしてしまったかと思い、恐る恐る春陽の様子を伺う。
「あはは、ちょっとビックリしちゃったけど貴重なモノが見れたね」
春陽は失言とは思わなかったようで笑っていたのでホッとした。
「ま、まあ動物園だし、そういう事もよくあるんだろうな。俺たちもアレくらいでは動揺しないようにしないと」
とは言ったものの恋愛経験も無い俺と、たぶん無いであろう春陽が動揺してしまうのも無理は無いと思う。まだ、二人とも笑ってスルーできるほど大人にはなっていない。
でも、今回で少しは大人になれたんではないかな?
「冬人もアレくらいで動揺しててお子様でちゅねぇ」
春陽が揶揄ってくるので俺も反撃する。
「春陽なんて、はやっ! とか言ってなかったか? ナニが早いのか教えて欲しいもんだな」
「そ、そんな事言ってないし! 空耳よ! 空耳!」
結局二人して照れ隠しをしながら休憩し、落ち着いたところで残りの展示を見る為に立ち上がった。
「それじゃあ残りの展示も見て回るか」
「うん! じゃあまた腕組もうね!」
再び春陽は俺の腕に自分の腕を絡め身体を寄せてくる。慣れたかと思ったが、さっきのライオンの件もありドキドキしてしまう。
――ああ、これは春陽の事をちょっと意識しちゃってるな。
春陽の身体の柔らかさと温もり、シャンプーとは違う女性の良い匂い。意識しない方が無理というものだ。俺は諦めて感情に身を任せる事にした。
その後はライオンのようなハプニングもなく全ての展示を見て春陽も大いに楽しんでいた。
「ふああ、楽しかった。これで大体見終わったんだよね?」
「んーと……そうだな。ほぼ全部の展示は見たかな」
俺はパンフレットを見ながらそう答えた。
「じゃあ、何か食べて帰るか?」
「うん、デパートもあるし、アメ横もあるしお店選びが楽しみだね!」
◇
夕食を終え、地元の駅に戻ってきた俺たちはここで別れる事にした。
「今日は凄い楽しかったよ。また、どっか遊びに行こうね」
俺も楽しかったので、次の一緒にどこか行きたいと思っていた。
「そうだな……次はどこに行きたい?」
「んーと……今度は水族館に行きたいな!」
「……お、おう、そう……だな。水族館な……分かった」
春陽の口から水族館の言葉が出た時、俺は何故か罪悪感に襲われ歯切れの悪い返事しか出来なかった。
「ん? どうしたの?」
それを敏感に察知したのか春陽が首を斜めに傾けキョトンとしている。
「い、いや……何でもない」
「そう……ならいいけど……」
「じゃあ、また学校でな! まだ委員の仕事も残ってるし頑張ろうな!」
俺は誤魔化すように努めて明るく振る舞った。
「分かった! またメッセージするからね! またね!」
春陽もいつものように明るく立ち去っていった。
残された俺は先ほど感じた罪悪感の正体に戸惑っていた。
「水族館か……」
俺は秋月の顔を思い浮かべ、あの日の出来事を思い出し、罪悪感を抱えながら家路についた。
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