第54話 咲間春陽の決意
ゴールデンウィークもあっという間に終わり、いつもの日常が戻ってきた。
長期間休んでしまうと大体の生徒は学校には行きたくなくなると思う。でも、今は学校に行くのが楽しみで仕方がない。どうしてかと言えば冬人に会えるから。
私は通学路を歩きながらゴールデンウィークに冬人と一緒に行った動物園の事を思い出す。
――動物園楽しかったなぁ……あんな事が毎日起こればいいのに。
動物園ではカップルのように腕を組んで歩き、ライオンの展示ではお互い気まずい思いもした。でも……そんな事でも笑って冗談を言って過ごせる時間は幸せな時間だった。
だから、私は今日も昼休みは冬人に会いに行く。
◇
退屈な午前中の授業も終わり、クラスメイトと一緒に昼食を済ませた。
昼休みに冬人のクラスに遊びに行くのは恒例の事として友達には認知されている。
最初の頃は友達に『一年の時のクラスメイトの神代くんだっけ? 彼の事がが好きなの?』と何度も聞かれた。私は『友火に会いに行くんだよ』と誤魔化していたが、今は冬人のクラスに行く前に友達から『春陽、頑張って』とエール? と共に送り出されるので私が冬人の事を好きなのはバレているだろう。
そういえば一年の時も月島くんと、柳楽くんは何も言わなかったけどバレてたっぽいし。でも、友火はそういう事には疎いので気付いてはいなかったみたい。
友火はあれだけモテるのに一年の時は恋愛ごとに関しては全く興味を示さなかった。
でも……今はどうだろう? 私とクラスが別になったけど冬人とは同じクラスだ。友火は男子生徒と仲良くする事がほとんど無かったが冬人に対してだけは違って見える。お昼休みに私が顔を出せば必ず冬人に友火は絡んでくる。彼女にとって冬人はどんな男子なんだろう?
――私、ヤキモチを妬いてるのかな?
今の私の感情は冬人と同じクラスの友火に嫉妬しているとしか思えなかった。
そんな感情を親友の友火に感じてしまった事を私は恥じた。
「じゃあ、行ってくるね!」
私は昼食を済ませた友達に声を掛けて冬人のクラスに向かおうと席を立つ。
「咲間、ちょっといいか?」
同じクラスの武居くんに呼び止められた。
「武居くんどうしたの?」
武居くんは体育祭実行員を一緒にやっている。委員の事で何か用事があるのだろう。
「今日の放課後も委員のミーティングがあるから忘れるなよ」
「うん、覚えてるから大丈夫だよ。それに武居くんと一緒に行くんだから忘れないよ」
そう言って教室から出ようとしたが、再び武居くんに呼び止められた。
「武居くん、まだ何かあるのかな?」
早く冬人のところに行きたかった私は少し冷たい言い方をしてしまった。
「い、いや……また、アイツのところに行くのか?」
そんな私の冷たい態度に何かを感じてか、武居くんは少し申し訳なさそうにしている。
「アイツって……冬人の事? ち、違うよ友火に会いに行くんの。冬人はついでだよ」
冬人に対しての好意は友達の女子にバレても構わないけど、他の人にはあまり知られたくなかった。だから誤魔化した。
「話がそれだけなら私は行くね」
そう言って私はさっさと教室から出て行く。
「冬人! 遊びに来たよ!」
武居くんに呼び止められ預けを喰らった私は、我慢出来ず冬人の腕に抱き付いた。
「ちょっ! 春陽何してんだよ! 離れろ!」
いかなり腕に絡み付かれた冬人は慌てている。
「あーー! 春陽さん! 抜け駆けはズルいですぅ」
私より先に冬人に会いに来ていた奏音ちゃんが、冬人の空いてる方の腕に抱き付いた。これで冬人は両手に華だ。
「ちょっとアンタ達! 教室内で何やってんのよ⁉︎」
慌てた友火が私と奏音ちゃんを冬人から引き剥がす。
「あはは、神代くんは相変わらず人気者だね」
桐嶋くんが他人事のようにこの状況を面白がっている。彼は自分より神代くんの方がよっぽどモテると常日頃言っている。
「冬にいがモテモテに……」
冬人の妹の美冬ちゃんも驚きが隠せないようだ。
確かに今の冬人の周りには下級生の奏音ちゃんや、人気者の友火や桐嶋くんも集まっている。明かに好意を持って会いに来ているのは私と奏音ちゃんだ。でも……他にいないともかぎらない。
もしかしたら友火も……
友火に対してそんな考えはいけないと私はかぶりを振った。
「もう……春陽も自重しないと夏原さんまで調子に乗っちゃうから気を付けなさいよ」
友火がまったく……と言いながら私に注意を促す。
「はーい、ゴメンなさい! 自重します!」
そうは言ったものの動物園に行ってから私の感情は抑えが利かなくなってきている。それが今、教室内で腕を組んだ行動に現れてしまった。
――もう少し冷静にならないと冬人に迷惑を掛けてしまう……そう自分に言い聞かせた。
◇
今日の放課後はゴールデンウィークが明けてから初回のミーティングだ。今までの各委員の役割の進捗状況を報告する予定だ。
「咲間さんお疲れです」
川端さんが冬人と一緒に視聴覚室に入ってきた。
「武居、お疲れさまです」
冬人がホワイトボードに向かって何かを書いていた武居くんに後ろから挨拶をした。
「ああ……」
武居くんは一瞬だけ冬人に振り返り、一言だけそっけない返事をして前を向いてしまった。
「な、なんか機嫌悪そうだな……」
ほぼ無視されてしまった形の冬人が苦笑している。
「ご、ごめん……後で言っておくから……」
「いや、春陽からは別に言わなくてもいいよ」
冬人は本格的に嫌われちゃったかな……? と溜息を吐いた。
体育祭実行委員のミーティングは滞る事なくスムーズに進行し、次回のミーティングに向けての議題も決まり、つつがなく終了した。
私は視聴覚室から出ようとしている冬人に駆け寄ろうとしたが、何かに腕を掴まれその動きを止めてしまう。
「武居くん……」
振り向くと武居くんが私の手首を掴んでいた。その表情は真剣で何かを思い詰めている感じだった。
「武居くん……腕、痛いよ……」
「あ、ゴ、ゴメン……」
私の手首を握る力が緩くなり武居くんの手が離れた。
「武居くん何か私に用?」
しばらくの沈黙の後、武居くんは口を開いた。
「咲間、この後少し時間をもらえないか? 大事な話があるんだ」
「分かった……」
武居くんの真剣な表情に私は断る事はできなかった。
人がいない場所で話がしたいと武居くんが言うので、私たちは旧校舎の屋上に移動する事にした。旧校舎の屋上は開放されているが
「武居くん話って何かな?」
人気の無い日が陰り始めた屋上で私と武居くんは向き合っていた。さすがの私もここまで来れば武居くんが何を言おうとしているのか察しは付いている。
「俺は……咲間の事が好きだ。付き合って欲しい……」
やっぱり……告白だった。武居くんが冬人に対して冷たかったのは、私が仲良くしていたから嫉妬していたんだろう。
でも、正直なところ武居くんの私に対する好意には気付かなかった。異性として全く興味が無い相手でもあったが、冬人以外に興味が無かった事もあり、他人の心の機微までは察する事はできなかった。
「ごめん……なさい……私には好きな人がいるの……だから、武居くんと付き合う事はできない……です」
私は好きな人がいるという事をハッキリと伝え、嘘偽りの無い正直な気持ちを打ち明ける事で精一杯相手の告白を受け止めた。
相手を振るという行為がこれほど自分にも辛い事だとは思わなかった。相手を傷付けるのだから、自分も傷付く必要もあるという事だろうか?
「神代か……? 咲間の好きな人というのは?」
やっぱり私の行動を見れば冬人に好意を抱いているのが誰でも分かるだろう。
「うん……冬人とは中学の頃から一緒だけど、その頃からずっと彼の事が好きなの」
その話を聞いた武居くんは悔しそうに、哀しそうに顔を歪めた。暫くの沈黙のあと彼が口を開いた。
「アイツは! 下級生の女子がクラスに通って来たり、秋月とも仲が良いみたいじゃないか! そんな誰が好きなのかも分からないような優柔不断な奴でいいのか……?」
冬人が誰を好きなのかも今は分からない、言い寄るのは自由だし奏音ちゃんも私も一方的に好意を押し付けてるだけ。だから冬人は何も悪くない。
「うん……それでも好きなんだから仕方が無いよ。武居くんも私が冬人の事を好きなのを知っても好きなんでしょう?」
武居くんはその言葉を聞いたあと、暫く考え込んでいた。
「咲間の気持ちはよく分かったよ……この事は忘れてくれとは言わない。諦めるとも言わない。でも……今は無理なのはよく分かった。ゴメンな迷惑掛けちゃって……」
「そんな事ないよ……私も武居くんの気持ちがよく分かるよ……でも、ごめんなさい……」
涙が頬を伝った……悲しい訳でもないのに涙が溢れてくる。恋をするのはこんなにも切ないのだと初めて知った。
「え、えと……咲間、だ、大丈夫か? と、とりあえず今後も委員は一緒だし咲間とは友達でいたいから
いきなり私が泣き出したのでオロオロし始める武居くん。彼もまた優しい心の持ち主だった。ただ嫉妬でイライラし冬人に辛く当たっていたんだろう。
「うん……ありがとう。これからもよろしくね」
好きな人がいると振ってしまったのに武居くんは友達として仲良くしたいと言ってくれている。こんな嬉しい事はないと思う。誰だって本当は誰も傷付けたくないし、自分が傷付きたくもないはずだ。傷付けられてもそれを受け入れて、他人を思いやる気持ちを忘れない武居くんを私は尊敬する。
武居くんに告白された事で私の心の中で一つだけハッキリした事がある。
それは……冬人が誰を好きであろうと、誰かが冬人に想いを寄せようと、私は負けるつもりは無いと。例えそれが親友の友火であろうとも譲る気は全く無いと。
そう強く心に誓った。
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