第56話 揺れ動く三人の心(第三章完)
昼休みが終了し午後の競技が開始された。第一種目は春陽が参加する四百メートルリレーだ。
俺は自分の参加競技も終了し、委員の仕事もひと段落したので春陽を応援する為にトラックの近くまで移動すると、参加選手の中に彼女を見つけ声を掛けた。
「あ、冬人! 見に来てくれたんだ? それじゃあ良いところ見せないとね」
「まあ、無理するなよ。怪我でもしたら元も子もないからな」
「心配してくれてるんだ?」
「そりゃ当たり前だろ? 大事な友達の身体だし心配しない訳ないだろ」
「えへへ、大事な身体とか言われると照れるね」
『四百メートルリレー参加選手は所定の位置まで移動してください』
リレーに参加する生徒は位置につくようにスピーカーから放送が流れる。
「お、そろそろ出番だぞ。頑張れよ!」
「うん、行ってくるね!」
そういって春陽は元気よく自分のスタート位置まで駆けて行った。
「春陽は第三走者か……ゴール近くで出迎えるか」
俺は第三走者のゴール付近まで移動した。
パアンッ!
スタートの合図が鳴り響き第一走者が走り出した。
うちのクラスは……三番手か。でもまだ団子状態だからまだ分からないな。
第二走者にバトンが渡り徐々に各クラスの走者に開きが出てきた。
春陽のクラスは……ああ、ビリから二番目か春陽でどれだけ差を縮められるかだな。まだそんなに差は開いてないから巻き返せるかな?
五クラス中下位三クラスはほぼ団子状態のまま第三走者にバトンが渡った。
「春陽! 頑張れよ!」
この大声援の中、俺の声が聞こえるとは思えないが、春陽がこちらを見たような気がした。その直後春陽は一気に加速し、一人抜き去りこれで三位に浮上した。
春陽は今、運動部に所属はしていないが中学の頃は陸上部だったのだ。何もしていない生徒に比べれば圧倒的に速かった。
そのまま二位の走者を抜けるか? という猛追だったが残念ながら、抜けないままバトンを渡した。
直後、全力疾走の勢いのまま春陽は足が
「春陽!」
その様子を間近で見ていた俺は、何があったか分からないまま慌てて春陽に駆け寄った。
春陽はふくらはぎ付近を手で押さえ地面に倒れ込んでいる。
「春陽! 大丈夫か? 怪我したのか? おい!」
上体を起こそうとする春陽だったが上手く立ち上がれないようだった。手や顔には転んだ時に付いた土で汚れていた。
「冬人……足をやっちゃったみたい……ゴメン……」
「何で謝るんだよ! おい! 担架持ってこい!」
俺は早く担架を持って来いと声を上げた。
「くそ、担架なんか待ってられない! 春陽、俺が医務室まで連れて行くから少しだけ我慢してくれ」
「え? どうやっ……きゃっ!」
俺は春陽を抱きかかえ、
「春陽! 大丈夫!」
異変に気付いた秋月が春陽を心配して駆け付けた。
「友火……大丈夫。ちょっと足を痛めただけだから……」
「そんな……顔も擦り剥いてるじゃない! 私も一緒に医務室まで行く!」
よく見ると転んだ時に顔や脚、手など至るところ擦り傷を作っているようだった。
「大丈夫だよ……それより友火はこれから競技が始まるんでしょう? ちゃんと参加しないとダメだよ」
「競技なんて別にいいよ! 一緒に行く!」
少し動揺している秋月は春陽の言う事を聞いてくれないようだ。
「秋月、落ち着け。春陽は俺が責任を持って医務室に連れて行く。だからお前は自分の競技に参加してくれ」
「でも!」
「これは体育祭実行委員の俺からの頼みだ。生徒全員、競技に参加して貰いたいんだ……頼む」
「友火……私は大丈夫だから冬人の言う通り自分の競技にちゃんと参加して……お願い」
「……分かった……ちゃんと参加する。春陽に傷が残ったらアンタの責任だからね! 早く医務室に連れて行きなさいよ!」
「おう! 分かった! じゃあ春陽行くぞ!」
俺は人の目も気にせず春陽を抱え医務室に向かって駆けた。
◇
「それにしても担架を使わずよく運んで来れたわね」
担架ではなく、お姫様抱っこでケガ人を運んで来た俺を見て女性の保健医が驚いていた。
「もしかして君の彼女さんなのかな? 凄い慌ててたけど?」
保健医の先生は
「いや……違いますよ。ただの友達です」
「ふーん……その割には動揺してたけど? うふふ」
俺の反応を見て面白がっているようで少し腹が立つ。
「もう……揶揄わないでくださいよ。冷静になって考えると恥ずかしいんですから」
自分の行動を振り返ってみると、かなり恥ずかしい事を全校生徒の前でしたものだなと頭を抱えたくなった。だってお姫様抱っこだよ? 春陽も恥ずかしかったに違いない。
「咲間さんの怪我は筋断裂、
俺は黙って保健医の話を聞いていた。中学の頃、春陽が足を痛めていたのは知っていたが、それが原因で陸上を続けるのを諦めた事は知らなかった。
「身体中の擦り傷は、消えると思うけど消えなかったらアナタが責任持ちなさいよ」
秋月と同じような事を言ってくるが、どうして女性は同じような事を言ってくるのだろう?
プルルルル!
医務室の内線が響き渡り保健医の先生が電話に出る。
『はい医務室です。ケガ人? はい、はい分かりました……直ぐに向かいます』
「またケガ人が出たみたいだから、私は行ってくるわね。神代くんだっけ? 咲間さんをお願いするわね。彼女眠ってるみたいだからイタズラしちゃダメよ」
「しません!」
……まったく俺をなんだと思っているんだろうか?
そう言って保健医の先生は救急箱を手に医務室を出て行った。なんか……随分とフランクな先生だな。
医務室の
先生が言うように春陽は眠っているようだ。
顔や腕を見ると先生が身体を拭いてくれたようで、泥汚れはキレイになっているが、顔や手に貼られたガーゼが痛々しい。
「ん……冬人……?」
春陽が目を覚ましたようだ。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫……迷惑掛けちゃった……ゴメンね……」
「気にするな、どうせ俺の参加競技は終わったし。それより春陽の怪我の方が心配だ」
「……友火の応援に行かなくていいの?」
「アイツは運動神経も良いし俺が応援に行か無くても上位に入るだろ」
「そっか……友火の事よく分かってるし信頼してるんだ……ねえ? 冬人は友火……こと……き?」
春陽の会話の後半の方が声が小さくて聞き取れなかった。
「ごめん、よく聞こえなかった」
聞き直そうとベッドに寝ている春陽の顔の近くまで身を乗り出し、自分の顔を近付けた。
春陽の布団から出ていた両腕が俺の首に絡められ身体ごとベットに引き寄せられた。不意に引き寄せられた俺はバランスを崩したが、両手をベッドに突き倒れるのを堪えた。その直後、春陽の整った顔が近づき唇に柔らかくて温かい何かが触れた。
「んっ……」
何が起こっている? 今の状況を理解するまで数秒の時間が掛った。
俺は春陽とキスをしていた。首に腕を絡め引き寄せられ彼女に覆い被さるようにして。
「ふぁ……」
唇と唇が離れ春陽の口から吐息が漏れる。
「私の……ファーストキス……だよ……冬人は初めて……だった?」
観覧車で秋月とキスをした事を思い出し、俺は答える事ができなかった。
「……そっか……友火だね……悔しいな……」
無言の肯定。春陽はそう捉えたのだろう。そして……秋月とのキス……彼女は何かを察したのだろうか。
「春陽……どうして……」
動揺していた俺から出た言葉はそれが精一杯のだった。
「ここまでしてもまだ分からないの? 冬人は本当に朴念仁だね」
大介が春陽に言っていた事を思い出す。朴念仁とは……恋愛事に関して疎いにもほどがある人物と。
「私はね……冬人の事が好きなんだよ。中学生の頃からずっと……好きだったんだよ」
◇
親友の春陽が競技中に怪我をした。本当は医務室に一緒に行きたかったけど、アイツがどうしても自分の競技だけは参加して欲しいと頼まれ、春陽にも同じように言われ、焦る気持ちを抑えながら競技に参加した。でも、競技の内容なんて覚えていない、それくらい自分が動揺していたみたいだった。
そして今は競技も終わり、医務室に向かう廊下を静かに早足で駆ける。
医務室の前に着くとドアが少し開いていて中から人の話し声が聞こえてくる。私は少し開いたドアからそっと中を覗く。
ベットに横になった春陽と、背中をこちらに向けてベッドの横の椅子に座っているアイツの後ろ姿が見えた。
何故か医務室に今は入ってはいけない気がした。そのまま息を殺し中の様子を見守っている。
――私は隠れて何をしているんだろう?
堂々と医務室に入ればいいのに二人の会話がどうしても気になってしまう。
盗み聞きしている罪悪感の中、春陽が聞き取れないくらいの小さいな声で言葉を発した。直後、春陽の腕がアイツの首に絡み彼女に覆い被さるように倒れ込んだ。
えっ? キ……ス……してる……の? ね……え……何をしてるの……
二人がキスをしている姿を目の当たりにし、硬直して動けなかった私はそのまま二人の会話を聞き続けた。
『私の……ファーストキス……だよ……冬人は初めて……だった?』
春陽のその言葉を聞いた時、観覧車でのアイツとの事を思い出した私の胸がトクントクンと高鳴る。
『……そっか……友火だね……悔しいな……』
自分の名前が春陽の口から
『私はね……冬人の事が好きなんだよ。中学生の頃からずっと……好きだったんだよ』
静かな医務室から聞こえる春陽の告白。
私はそっと医務室のドアを閉めて立ち去った。
二人のキスを思い出すと胸が締め付けられるように切ない……春陽の告白を思い出すとズキンと胸が痛む……私、どうしちゃったの……? ねえ……誰か教えて……
医務室に向かう廊下を戻りながら私は涙を流していた。
第三章 完
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第三章完結までお読み頂きありがとうございました!
それも皆様が応援してくれたお陰です。
ありがとうございました!
ここで私から再び読者の皆様にお願いがあります!
私は自分の小説が一番面白い小説だと思って執筆しています。
この先も面白い小説を書くと強い決意を持って完結まで書き続けます。
しかし! やはりランキングは気になりますし、PVが少なければ落ち込みます。
作者は作品への評価、フォローやPV、感想等を糧にモチベーションを上げて執筆しています。
ランキングも作者が自分の作品が評価されているという実感を得る事ができます。
また特集で紹介された事でも励みになりました。
カクヨムでは星のレビューで評価が付けられます。星が付かないとランキングに載ることが出来ません。
第三章完結まで読んで面白かった、続きを期待している、頑張れ等、思って頂けたら是非、星でのレビューをお願いします。
もう少し様子を見てから……という方は、評価してもいいなと思った時にお願いします。
目次のページを下にスクロールしていくと『星で評価する』というフォームがあり、星を1〜3つで評価を付けられます。レビューは書いても書かなくても評価は出来ます。
是非よろしくお願いします!
第四章執筆準備の為、しばらく更新をお休みします。
お楽しみに!
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