第15話 咲間春陽の憂鬱

「はあ、なんか集中できない」


 私はスマホを布団の上に投げ捨てベットに寝転び溜息を吐いた。


 反省堂で冬人と友火の二人が仲良く買い物をしている姿を偶然目撃してしまった。


 冬人が女の子と、あんな風に親しげにしているのは中学の頃から見た事が無い。友火もあれだけ人気があるのに、男子と親しげにしているのは見た事が無かった。


 学校で目撃した廊下での一件以来、あの二人の仲は急速に距離を縮めている。


 そんな事を考えていると何も手に付かなかった。


 さっき布団の上に投げ捨てたスマホを手に取り、ライムトークを起動した。


 ライムトークの友達リストをスクロールし友火の名前で一度止め、再びスクロールして冬人の名前をタップした。私は数秒間考えた後、メッセージを入力し冬人に送った。


『この前の約束覚えてる? 買い物に行こうって。明日の放課後に買い物付き合ってくれないかな?』


 メッセージを送った後、私はドキドキしながら返事を待った。


 五分、十分経っても既読が付かなかった。わずか五分、十分なのに長く感じた。


 ――はぁ……冬人の奴、今、何してるかなぁ。


 私は冬人に想いを馳せベッドに横になった。


………

……


 一時間ほどしても既読は付かなかった。私は寝転んでいたベットから重い身体を起こし立ち上がる。


「お風呂に入ろう。その間に返信があるかも」



 私は脱衣所で服を脱ぎ洗濯機に放り込んだ。


 鏡に写し出された一糸纏いっしまとわぬ自分の身体を見る。


 最近は胸も大きくなってきた。でも、友火はもっと大きい。


 髪を見た。私は癖っ毛でショートにしか出来ない。友火は綺麗なストレートで女の子らしい。


 顔を見た。私は垂れ目で子供っぽい。友火は美人で大人っぽいけど可愛い。


 彼女は完璧だ。


 敵わないなぁ……


 湯船に浸かった私は顔を半分湯船に沈め溜息を吐く。溜息は泡となって消えた。


 お風呂から上がり部屋に戻った私はスマホの通知を確認する。


『冬人さんからメッセージが届いてます』


 ――やった! 返信がきた。


 スマホの通知をタップしてメッセージを開くだけなのにドキドキする。


『返信遅くなってゴメン。ベットでゴロゴロしてたら寝ちゃって気付かなかった。この前は付き合えなくて悪かったな。明日なら行けるよ』


 冬人からのメッセージをを読んで、私はいままでの胸のモヤモヤが吹っ飛んだ気がした。そして直ぐに返信した。


『うん! 明日は一緒に帰ろう』


 ここ数日間眠れぬ夜を過ごしてきたけど、今日はゆっくり眠れそうだ。



◇ ◇ ◇



 翌日の放課後、私は冬人と一緒に反省堂に来ている。あの日は冬人と友火と遭遇した事で動転し、何も買わずに帰ってきてしまったから。


 目の前で本を物色している冬人の後ろ姿を私は見つめている。


 背中広くなったし、背も高くなったんだ……


 冬人とは中学の頃からの付き合いだけど、そんな事あまり気にしていなかった。彼も成長して男の子から男性へと変わっていってる事に、今更ながら気付いた。


「ん? 何か背中が気になるのか?」


 冬人が私の視線に気が付いた。


「あ、ううん、何でもない」


 彼の後ろ姿に見惚れていた事はとても言えない。


「で、欲しい本は見つかったのか?」


「うん、これ。冬人は何か欲しい本はあるの?」


 私は手に持っている本を冬人に見せた。


「うーん……今日は特に無いかな。春陽の買い物が済んだからそろそろ帰るか?」


「うん、でも少しお茶してから帰ろうよ」


 このまま帰ってしまっては今日、一緒に帰る意味が無い。大事な事を聞かなければならないから。


「そうだな喉も渇いたし、駅前にあるカフェに寄ってから帰るか」


「うん、そうしよう!」


 私は明るく振る舞いながらも、この後にどんな話を聞く事になるのか不安を抱いていた。





 カフェに移動し注文を終えた私たちは、カウンター席に横並びで座りっている。私は大事な事を切り出せず、雑談で時間を浪費している。


「ねえ……冬人? ひとつ聞いてもいい?」


 私は彼の横顔を見ながら、このままではダメだ、と思い切って切り出した。


「うん? ああ、なんでも聞いてくれ」


「ほんと? なんでも正直に答えてくれる?」


「えーと……答えられる事なら」


「うん、分かった、答えられる範囲でいいよ」


 冬人は今から何を聞かれるんだ? といった様子で身構えている。

 

「冬人と友火は付き合ってるの?」


 ブホッ! 冬人が飲みかけていたドリンクを盛大に吹き出した。


「冬人! 大丈夫⁉︎」


 私の直球の質問に慌てたらしい彼がせている。


「ゴホッ、だ、大丈夫。い、いったい何の事だよ?」


「言葉の通りだよ。二人は恋人同士なのかな? って」


 冬人も、こんな質問をされるとは思っていなかった様で、戸惑っている。


「そんな訳ないだろ。俺と秋月が付き合ってるって、どう考えたらそうなるんだよ?」


「だって最近は二人でよく話してるし、反省堂で二人を見掛けた時も凄い仲が良さそうに見えたから……」


 そう……反省堂での二人はまるで恋人同士がイチャついてるように見えた。


「あの時は……秋月にイラストの事で揶揄からかわれてただけだ。アイツが俺の趣味を知ってて、その辺にあるラノベの表紙でイジられてただけだ。付き合ってるとかあり得ないな」


「ほんと? 嘘は言ってない?」


「ああ、本当だ。そもそも秋月みたいな人気者が、俺と付き合うとかある訳ないだろ」


 冬人は友火の事を人気がある友達くらいと思ってる様で、特別な感情は無さそうに感じる。


「うん……分かった。信じる」


 でも、冬人は分かってない。人気があるからとかモテるとか、そんなのは関係ないって事。


「で、聞きたい事ってそれか?」


「うん、それだけ。いきなりヘンな事聞いてゴメンね」


 何か少し胸のモヤモヤっていうか、胸のつかえが取れた気がする。


「本当に変な事を聞いてきたな。いったい何だったんだ?」


「えへへ、内緒」


「まあ、いいか。じゃあ、そろそろ帰るか」


 私は久しぶりに一緒に帰れるのが嬉しくなり、さっきまでの憂鬱が嘘みたいだ。


「うん、帰ろ。一緒に帰るの久しぶりだね!」


 日が暮れて薄暗くなった中、私は冬人の隣で繁華街の人混みの中歩いている。


「えい! 腕組んで一緒に帰ろ?」


 私はそう言って、冬人の腕に腕を絡ませて身体を預けるように組み付いた。


「お、おい⁉︎ 春陽! 何やってんだよ! こ、恋人同士でも無いのに、こんなの誰かに見られたら誤解されるぞ」


 ――私は……誤解されてもいいんだけどね。


「春陽! と、とにかく離れろ」


 私の呟きは街の喧騒に掻き消され、冬人には届かなかった。


「冗談だよ! 冬人ってば恥ずかしがっちゃって、ちょっと嬉しかった?」


 本当はもっと冬人の身体の熱を感じていたかったけど……私は彼の身体から離れる。


 あとは……友火とも話をしなければいけない。


 冬人はそうじゃなくても、友火の気持ちは……確かめなくてはならない。

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