第9話 咲間春陽

 私のクラスメイトに秋月友火という女の子がいる。同じ女子から見ても美人でスタイルも性格も良くて男子からも女子からも人気がある。その完璧美少女が今、私の前方で鼻歌を歌いながら通学路を歩いている。


 その優れた容姿からタダでさえ注目度が高いのに、鼻歌を歌っている事で周りからの注目度は大変な事になっている。当の本人は気付いているのか、気付いていないのか。

 ちょっと面白いので、しばらく観察してみる事にした。


 人目を惹く容姿に、ごく自然で飾らない可愛い鼻歌は、通学中の男子から熱い視線を集めている。


「友火! おはよう! 今日は朝からご機嫌だね」


 そろそろ学校に近くなり私は友火に声を掛けた。


「おはよう春陽。私そんなに機嫌良さそうに見える?」


「うん、見える見える、だって見えるも何も鼻歌聞こえてるよ?」


「え⁉︎ 私、鼻歌歌ってた?」


「うん、思いっきり聞こえたよ。ふふふーん、って何の歌か分かんないけど、可愛い歌声に他の学生たちも目線が釘付けだったよ。特に男子。面白いから暫く後ろで観察してた」


「は、恥ずかしい……よりによって他の生徒に聞かれてたなんて……」


 無意識で男子の注目を集めてしまう友火、恐るべし。


「にゃははは、ごめんごめん鼻歌を歌う友火も可愛かったから大丈夫だよ!」


「もう、春陽も観察なんてしなくていいから早く声掛けてよね! 先に教室行ってるから!」


 ぷりぷりと怒って校門に向かって駆けて行く友火は、同性の私から見ても可愛くて羨ましく思う。少し天然ボケなところも彼女の魅力を引き立て、自然と人を惹き付けているんだと思う。私も彼女の事が大好きだ。そんな彼女が鼻歌を歌うくらい浮かれてる理由……なんだろう? 凄い気になる。お昼休みにでも聞いてみよう。



〜 お昼休み 〜



「友火、今日は朝からご機嫌だったね? 何か良いことでもあったの? 通学しながら鼻歌なんて歌ってたし」


 私は朝から気になっていた事を友火に聞いてみた。


「ははーん……男かい! 男でもできたのか⁉︎ 友火はモテるけど男っ気ないからねえ……いよいよ春が来たのかあ!」


 そう、友火はあれだけモテるというのに、浮いた話は聞いた事が無い。彼氏の一人や二人いてもおかしくはないのに。

 

「ち、違うって、そんなんじゃないってば」

 

 頭をブンブンと振って否定する友火。


「まあまあ、友火くん、彼氏の事は隠さずにオジさんに聞かせておくれ」


 彼氏じゃ無くて気になる男子とかかもしれないけど、どっちにしても気になるものは気になる。


「もう、何で男の話になるのよ。彼氏なんて居ないってば」


 友火は変な噂を立てないでよね、と言いつつ笑顔で必死に否定してるが、自分で爆弾発言をした事には一切気付いていない様子だった。


 彼氏になれるチャンスがあるんだ! って息巻いている男子生徒がクラス内でザワついている。彼女の一挙手一投足が男子共に注目されている証拠でもある。


 そんなザワついている教室内を見渡すと、冬人達数人のグループが目に入った。なんか凄く盛り上がってた。やっぱり友火に彼氏がいない発言で盛り上がってるのかな……? 


 なによ、はしゃいじゃって……なんか面白くない。 


 盛り上がる冬人達を見て私は溜息を吐いた。


 友火の彼氏がいない発言により、浮ついた空気のままお昼休み過ぎていった。



〜 放課後 〜



 ホームルームを終えた教室には数人の生徒しか残っておらず、友火はスマホの画面に集中し、冬人はいつもの様に何かを描いてる様子だ。


 私は帰り支度をしながら、久し振りに一緒に帰ろうと冬人に声を掛けるタイミングを伺ってるいる。中学生の頃は気軽に声を掛けられたのに、今は何だか声を掛け難い。何でだろう?


 そんな事をぼんやりと考えていると、静かな教室に「おお! やっと来た!」と冬人の声が響き渡り彼に注目が集まる。

 直後、今度は「やった!」と友火の声が教室に響き、教室内の静寂を破った二人のクラスメイトに注目が集まった。あの二人はいったい何をやってるだろう? この微妙な雰囲気の中、更に冬人へ声が掛け難くなった。


 そうこうしている内に、冬人が荷物を片付け始める。


 ――ああ、このままじゃ声を掛けられずに帰っちゃう。


 私が冬人に声を掛けようと意を決して立ち上がろうとしたより早く、友火が立ち上がり彼が落とした白い紙の様な何かを拾い声を掛けた。


「あっ! 神代くん、何か落としたよ!」


 冬人に声を掛けながら彼に駆け寄る友火。


 またしても誘うタイミングを逃してしまった。


 ああ、もう! 何やってるだろう? 私は……


 溜息を吐いた私は二人に目を向けたが何か様子がおかしい。二人はお互い見つめ合ったまま微動だにしない。二人の間に流れた沈黙は僅か数秒、そして二人は動き出した。

 友火が冬人の手を引っ張り教室のドアから廊下に慌てて出て行ってしまった。


 一部始終を見ていた私は、何が起こったかも分からず呆然とその様子を眺めていた。


 二人が教室を出て行ってから二、三分経っただろうか? 何事も無かった様に教室へ戻ってきた友火に声を掛けた。


「友火! 冬人と何かあったの⁉︎ なんか二人して慌てて教室から出て行っちゃったけど……」


 聞けば冬人が落とした紙に少しエッチなイラストが描いてあったから、思わず廊下に連れ出したとか。確かに冬人はちょっとエッチなイラスト描いてる事があるけど、中学の時の一件以来、学校ではバレない様にしていたはず。さっきの二人の行動は何か不自然さを感じる。

 でも、これ以上、友火に聞くのもはばかれる。冬人に聞こうと思ったけど既に帰ってしまった。モヤモヤも晴れずに今日、何度目かの溜息を吐いた。



◇ ◇ ◇



 冬人と友火の怪しげなやり取りを目撃してから数日経つが、特に変わった様子は無い。今日こそ放課後に冬人と買い物に行こうと誘ってみた。ようやく声を掛けられたのに、先約があるとかで断られてしまった。


 はあ、なんか上手くいかないな……最近は溜息ばかり吐いてる気がする。友火も先に帰ってしまったみたいだし、一人で買い物に行く事にした。



 冬人に断られてしまったが元々買い物予定だった私は反省堂に一人で来た。そこで見知った二人を目撃した。


「冬人……? それに友火……? なんで二人がここに……」


 冬人が言ってた先約って……友火の事だったんだ……二人の姿を見た時、心がザワついた。


「えっと……コイツが本を買いたいって、ほら」


 そう言いながら友火は冬人が持っている買い物カゴから、本を一冊取り出して私に見せてきた。表紙には可愛い女の子が描かれていて、冬人が好んで読みそうな小説だった。


「それ俺のじゃな――イテッ!」


 友火が冬人の脇を肘で小突いた。


「ふーん……そうなんだ……仲が良いんだね」


 仲睦まじくしている二人を見た私は、冷たい態度を取ってしまった。


「邪魔しちゃ悪いから……私は帰るね……」


 いたたまれなくなった私は、その場から逃げる様に立ち去った。


 友火の機嫌が良かった日、男じゃないかって冗談で言ったけど本当だったのかな……もしそうなら、あの二人の廊下での行動は納得がいく。

 二人で買い物に来るくらい親しくなるような何かがあったんだ……そう考えたら胸が締め付けられるようで苦しくなった。


 私はエスカレーターを駆け下りながら二人の距離を縮めた何かがあった事を確信した。でも……何があったか怖くて聞けない。


 考えが纏まらないゴチャゴチャした気持ちのまま買い物も忘れ、繁華街の人混みの中ひとり寂しく家路を急いだ。

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