4-19 覚悟 — Resolution

『マカロワ!なんとかしろ!天才の名が泣くぞ!』


 インカムからの声にマカロワは舌打ちする。アイグラスに映し出される都内の状況は惨憺たるもの。ネットワーク回線が生きているだけ奇跡と言えるだろう。


「いえ、これも計算ずくね」


 マカロワは自分の考えを訂正する。その気になればナギは全世界の回線を死滅させることもできただろう。自我の塊のようなナギが、この惨状をマカロワに見せたかっただけだ。

 沢木とマカロワはピラミッド型のCHITOSEの最上層、四角錐の頂点へと向かう。そこにはMIKOTOへのアクセス端末が設置されている。ヴィルタールはラプラスに乗っ取られた。MIKOTOをラプラスの手先と成り果てた機械から死守し、場合によっては破壊する必要がある。

 息があがる。上層部のプロジェクトルームから最上層まで、ビルにして二十階層分。エレベーターなど機械制御が含まれる機器は使えない。ラプラスに乗っ取られたエレベーターに乗るということは、棺桶に入るということと同じ。おそらく地上までノンストップで下ろされ、狂った自律型無人機械たちの目の前に突き出されるだろう。


『マカロワ!』


 ユーリの叫び声が耳に入る。激昂したユーリの声を聞くのは久しぶりだ。それだけユーリにも余裕が無いのだ。


「わかってるわ!」


 息も絶え絶えのマカロワは、沢木に手を引かれながら階段を上る。最上層まではもう少し。さらに一階層上がったところで視界が開ける。CHITOSEの最上層付近はガラス張りになっている。一望した都心のあちこちから煙が上がっている。暮れ始めた空には瞬きもしない幾つもの明るい星。ヴィルタールを構成する衛星群だ。


『…せ』

「え?」


 インカムにノイズに混じって人の声が入る。老いた男の声。


『…ろせ』


 その声だけで音は途切れる。


「ねえ、今のって—」

「ああ、確かに聞こえた『殺せ』って言っていたように聞こえたぜ」


 階段を上る沢木が振り返る。その後ろには群青色の空と、ひときわ大きく輝く星。衛星群の主星、ヴィルタール。ラプラスに乗っ取られた老ヴィルタールの住まう牢獄。その星が一度だけ瞬く。

 それだけで十分だった。マカロワは全てを理解した。老ヴィルタールの覚悟も、その誇り高き決意も。ユーリを超えて生き、この星を見守り続け、人の将来を見据えてILAMSを立ち上げた男。その男の決意にマカロワは一つ深々と礼をすると、祈りの塔に住まう死神に指示を出した。


「ユーリ、命令だ。あの星を落とせ。ヴィルタール衛星群の主衛星、ヴィルタールをレイヴンで撃ち落とすんだ」

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