4-4 嵐の前 — Before storm
ガラスの小鳥を拾った夢を見ていた。黒い焼け跡のついたアスファルト、瓦礫と化したビル群、折れた鉄骨に千切れた電線。草が生い茂るそこは見慣れた東京の街だ。徹底的な破壊に遭った東京駅前。
大勢の人々が空を見上げている。皆の視線の先には太平洋上に突き出た、異様な形に折れ曲がった巨大な塔。犠牲者の追悼と鎮魂のために建てられたその塔は東京の象徴だった。
熱を感じて手を開くと、ガラスの小鳥が輝きを放っている。驚くトワの眼の前で小鳥は羽を広げる。その鳥は逡巡していたかと思うと羽を閉じる。光は消え、鳥はガラスの身体に戻っている。
「トワー」
聞き慣れた声にトワは眼を開く。ソラが走ってくる。その後ろにはユーリが影のように付き従う。移民の住居として整備された東京湾岸の臨海部。その一画、憩いの場として整備された砂浜でトワは寝転んでいた。隣にはトワの新しいアームドスーツ、Ypsilonの小さな機体。Zycosに次ぐ戦闘能力を誇る機体は乗り手に高度なスキルと強靭な肉体を要求する。トワはその要求に応えることに必死だ。
ソラはトワの前で立ち止まると嬉しそうに手を開く。そこには金色に輝く小さなメダル。裏には羽を広げ、四葉のクローバーを咥えた鳥の姿。ソラは笑ってメダルをトワに渡す。
「受け取っておけ。姫の贈り物だ」
「ありがとう。でも僕にはソラに渡せるものが何もない」
「そんなこと気にしていたのか?」
いつもと同じく黒い服に身を包んだユーリの首には見慣れないネックレスが下がっている。
「それは・・・?」
「塔にあった石と同じものだ。漆黒紫水晶。これ一つでちょうど一日、私は自由に動くことが出来る」
ユーリは海を見つめる。素晴らしくいい天気で、海は静けさに満ちている。
「嵐が来る」
「わかってる。もうすぐそこまで来てる」
「明日、あるいは明後日には始まる」
「備えは万全?」
「備えを怠ったことなど、一度もない」
ユーリは肩から提げた黒く細長いケースを軽く叩く。
「嵐が去ったらどうするの?」
「いつもどおりだ。後片付けをしてまた次の嵐に備える」
「いつ来るかも分からないのに?」
「私は待つことに慣れているのだよ、少年」
ソラがクスリと笑う。
「ソラは?どうするの?」
ソラは少し考えていたが、困った顔をトワに見せる。
「わからないわ。その時のイメージが私には湧かないの」
ソラの顔には困惑の表情が浮かぶ。臨界点に達しつつある人々の激情が、ソラの中で渦巻いている。きっと立っているだけでも彼女にとっては辛いはずだ。
「今ぐらい二人で仲良くしておけよ。この先、どうなるかもわからないんだ」
「ユーリもよ。みんなで楽しみましょう」
ユーリとソラ、トワの三人は砂浜で日が暮れるまでのんびりと過ごした。こんなに充実した日を送ったのはいつ以来だろう。顔に自然と笑みがこぼれる。最初の、そして最後になるであろう充実した日々。トワは泣きたくなるような気持ちを抑えてソラとユーリの笑顔を心に刻み付ける。
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