4-5 格差の本質 — The true nature of the difference

「ヴィルタールシステムは順調です。国内で検挙したテロリスト予備軍は千人を突破。想定以上の成果です」

「摩天楼 BlueIslandのトップ層から会談の申しれがあります。今回のヴィルタールシステムによるスキャニングについて、富裕層を特例除外してほしいとの申し入れと想定されます」

「巡回中の働き蟻の稼働率は八十五パーセントを超えています。安定稼動に入っていると言えます」

「強化装甲を身に着けた『黒い幽霊』の増援部隊の第一陣がロールアウト。治安に懸念が見られる都内各所に総勢三百体を派遣。自律制御機能搭載の完全機械型です。バックアップの指揮系統はジェスター本体と連動。システムに異常は見られません」

「米国政府よりヴィルタールシステムの情報提供について感謝の言葉が届いています。また適用を見合わせていた欧州連邦からも情報提供の依頼が来ています」


 摩天楼CHITOSEの上層階にある首相の執務室。専用のデスクでMIKOTOにより続々と伝えられる状況に安浦は眼を細める。全てが想定どおりに進んでいる。短期間でこれだけの成果を挙げられるヴィルタールシステムをなぜもっと速く導入しなかったのか、悔やまれる。


「首相、ヴィルタールシステムによりテロリスト予備軍と目された人々の中に、無罪の人間が含まれています。対応を急ぎませんと—」


 デスク前のテーブルで沢木の不安そうな言葉を、安浦は片手を上げて制止する。


「不安を煽るような表現は慎んでくれ。『無罪の人間が含まれている』わけではない。『無罪と目される人間が含まれている可能性がある』だけだ」


 首相の言葉に沢木は口を閉じる。


「『格差』というものの本質を君はまだわかっていない。『格差』とはどれだけの金を持っているか、ではない。信憑性の高い情報を、どれだけ速く、多く収集できるか、あるいは作り出せるか、だ。考えても見たまえ、将来に関する確実な情報が手に入れば、富なんて後からついてくる。『無罪と目される人間が含まれている可能性がある』だけなんだろう?『調査したところ、テロリストであるという証拠が見つかった』とすればいいだけだ」


 安浦の言葉に沢木をはじめその場にいた者は凍りつく。


「『格差』とは世の中に必要なものだ。莫大な富と情報を持つ者がいるからこそ、文化も技術も進歩する。全員が横並びの世界では、慎ましい生活は送れるかもしれないが、飛躍的な進歩など望むべくもない。私はね、この日本を再び甦らせたいんだ。そのためには安定した治安がもたらす秩序と、圧倒的な格差が生み出す煮えたぎったマグマのような混沌が同居する必要がある。薙澤零司の言う、秩序と混沌の境界線でこそ新しい何かが生まれる。その生成のシステムとしてヴィルタールは最適だ」

「お言葉ですが首相」


 声を上げたのはヴィルタールの開発責任者として列席していたマカロワだ。


「テロの脅威はむしろ増えつつあります。最下層の人々は政府や富裕層のやり方に不安と脅威を感じているとの情報もあがってきています」

「マスコミにはメディア操作による不安の解消を指示している。下層民相手には十分だ。それよりも我々が対峙しなければならないのは全世界の〇.一パーセント以下の富裕層のトップエリート達だ。摩天楼に住む富裕層、その中でも最上層に住む奴らは文字通り世界を動かせる。ヴィルタールシステムを餌に彼らをどのように引き込むか、それが最重要だ」

「首相、メディア操作は間に合いません。一両日中に自由の翼が主導する大規模なテロが発生するとジェスターは予測しています」

「公安本部長、都内全域に厳戒態勢を敷け。あと不要な外出を都民に控えさせろ。黒い幽霊と働き蟻たちにも臨戦態勢をとらせておけ」


 首相の矢継ぎ早の指示に俄かに執務室が慌しくなる。沢木はマカロワと視線を交わす。マカロワは軽く頷いただけで足早に執務室を後にする。しかしそれでも二人にはわかっている。ここからの数日間でこの都市は大きく変わる。

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