3-23 火種 — Trigger of conflict
同じ日、摩天楼 CHITOSEのお膝元、桜田門の警視庁では追悼式が執り行われていた。世田谷区の旧環状八号線沿いでの爆破事故で犠牲になった『幽霊』は二人。
ゼノニウム合金製の杖で串刺しにされたタケヤ・アキラ刑事と、至近距離での爆発に巻き込まれたマキセ・ジュウゾウ巡査長。炎に巻かれたタツミ・ユキナ巡査は一命こそ取り留めたが重傷だ。ジュウゾウはテロリストの一人を全身でかばって死んでいたという。被疑者の一人を失えば、貴重な手がかりも失われるー。しかしその決意も虚しく、被疑者の一人は全身に大火傷を負い、意識不明の重体だ。
式典に出席していたマツカワ・カエデは、式典が終わった後も一人じっと秋の空を見上げていた。透き通った青空を。その青空を切り取る正確無比で巨大な三角錐、摩天楼 CHITOSEを。三人の同僚をもちろんマツカワはよく知っていた。優秀なのはもちろん、同じ境遇として心を許せる数少ない仲間だった。戸籍を消し、妻と一人娘と離れて暮らすことを選択したアキラ。結婚を間近に控えていた彼氏と別れて『幽霊』となったユキナ。人一倍正義感の強いジュウゾウ。この街への並々ならぬ思いがあったからこそ、選んだ道。後悔は無かった。それは間違いない。でも、早すぎる。
ポン、と肩を叩く手。こんな時、気にかけてくれるのはあの人しかいない。
「ヤスダさん」
顔を見た途端、上を見てなんとか我慢していたものがこみ上げてきて、肩に顔を押し付けてマツカワは号泣した。そんなカエデの頭をぽんぽん、とヤスダはなだめるように叩く。
「—災難だったな。かけるべき言葉が見つからない」
「災難です。『十二人の幽霊』のうちの三人がもう戦線離脱ですよ?速すぎます。テロリストたちの脅威となるはずが、先手を取られてしまった」
「一人はあれだろ?EX-Humanにやられたとか—」
「—不問に付せ、との上官命令です」
「冗談だろ?」
「冗談だと思いたいです!」
カエデは毛を逆立てる。ヤスダは長年マツカワと接してきたが、怒りに震えた姿は初めて見た。全身からどす黒いオーラが漏れ出ている。
「あの男は、EX-Human No03、ユウジことユージン・ガエリウスは、テロリストであり三鷹データセンター襲撃犯の一人と目される隈神レイカをかばったあげく、我々の仲間であるタケヤ・アキラを殺害したんです。さらに状況が不利とわかるや周囲の廃車に仕掛けていた高性能爆薬を使い、辺り一面を火の海にした。なのに不問に付せ、ですよ!?なんだこれは!我々は使い捨ての駒なんですか!」
周囲の警官がマツカワのことを振り返る。ヒステリーを起こした女性、そんな生易しい表現ではない。マツカワは怒り狂っている。
EX-Humanは政府管轄の組織、ILAMSの所属だ。そして「十二人の幽霊」も、もちろん上は政府。上が同じ政府であれば、下で争うことには確かに意味は無い。しかしそんな理屈を受け入れられるほど、下の人間は物わかりは良くない。
「アキラは、私の夢を、ヒーロー、あ違った、ヒロインになりたい、っていう夢を聞いても、笑わないで、それは素晴らしい、って言ってくれたんです。君は君の信じる道を行けばいい、って。俺も俺の道を行く、ともにこの東京を、日本を、立て直そうって。そう言ってくれたんです。なのに!」
ヤスダは絶望的な気分になる。こんな小さな肩の少女一人さえ笑顔に出来ないこの国に、希望なんてないのかもしれない。正義と同じように。
「私は絶対に許さない」
マツカワはゆらりと、本物の幽霊のように頼りなげに、はかなげに足を踏み出す。慌てて支えようとしたヤスダの手を、マツカワは無言で押し返す。
「テロリストも、EX-Humanも同じ。みんな同じ。それぞれの理念を、それぞれの正義を掲げて、多くの人を涙の海の底に沈めるのならば、それは即ち悪だ。悪は許さない。絶対に許さない。みんなが笑顔になる日まで、私は戦う」
理念と正義を掲げて悪と断じた者を排除しているのは我々だって同じー。そう心の中で思っても、鬼気迫る表情のマツカワにヤスダは声をかけることが出来ない。
ヤスダはふと思う。ーここまで含めて、「十二人の幽霊」とEX-Humanの対立構造を作り上げるところまで含めて、薙澤零司の策略なのではないか—。
「全員、許さない」
しかし、うわごとのようにそう繰り返しながらふらふらと立ち去る正義の味方をヤスダは黙って見送ることしか出来ない。
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