3-22 それぞれの道 — Own ways

「ユウジが消えた」


 マカロワがバッドニュースを持って祈りの塔の頂上に表れたのは日曜の昼下がり。燦々と降り注ぐ陽光の下、一人、黙々と腕立て伏せをしていたトワは驚いて顔を上げる。


「師匠が?」

「メディカルセンターの壁をぶち破って消えた」

「IDタグをトレースすれば?あんたなら容易いだろ?」

「IDタグはベッドに残されていた。シグナルからトレースは出来ない」

「自分の腕からえぐりとったってこと?」


 マカロワは頷く。


「相当な覚悟だ。何かをやるつもりなんだろう」


 トワは深刻な表情で聞き入る。


「ユーリとソラは?」

「実地試験。あんたが指示したんだろ?」


 実地試験とは言うが、ソラによるとそれはただの「散歩」だそうだ。東京の下層界を歩き回り、そこに住む人々の意識を読み取る。他人の意識へ深く同調できるようになることで、さらに能力を強化できる。それがマカロワたちスタッフの言い分だ。

 実地試験に出るようになってから、ソラの成長は著しい。ついこの前まで天真爛漫な笑みを見せていた少女は大人びた雰囲気を漂わせ、時折何かを考えて無口になる。何かに耳を澄ませて遠くを見つめる視線には、トワだけでなく他の誰もが不安になるが、彼女の真剣なまなざしにマカロワ配下の研究員でさえ声をかけることをためらう。ユーリだけはそんな彼女の側にいつも影のように寄り添っている。

—悲しくないか?」


 緊急時なのにマカロワはふとトワに聞いてみた。無邪気に笑い合っていたトワとソラの間に溝ができたことは、誰もが知っている。


「僕は自分のやることをやるだけだ」


 トワは身体を起こして真っすぐにマカロワを見つめる。いつもと変わらない決意に満ちた視線。

 その視線でマカロワは自分が間違っていたことを知る。ソラだけじゃない。トワだって大人になっている。そして、ユーリとはまた違う形でソラを支えようとしている。


「二人をすぐに呼び戻せ。大変なことが起きる気がする」


 胸の痛みをマカロワは無視する。あんな小娘に嫉妬している自分に腹が立つ。しかし同時に嫉妬なんて感情が自分の中に残っていたことに満足もする。

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