3-21 白い天井 — lose
目を開くと白い天井が目に入った。見慣れた風景に意識が過去に引き戻される。何年もの間、動かない四肢を抱えてこの風景を見続けてきた。ただ死を待つだけの生は退屈で、何か面白いことはないかとそればかりを考えていた。天井に映る影の模様、天気によって変わる肌に感じる空気の微妙な感触。楽しみのなかった自分を不憫と思ったのか、ある日両親はアイグラスを与えてくれた。
それから生活は一変した。
アイグラスの向こうの未知の世界に自分は没頭した。見たことのない生き物、行ったことのない場所、会ったことのない人。そうした世界を堪能しているうちに、当たり前すぎる疑念が頭をもたげてきた。
—自分は何のために生まれたんだ?
レイカが意識不明の昏睡状態であること。医療ロボットの補助でなんとか持ちこたえているが意識を取り戻すのがいつになるか全くわからないこと。それを伝えられたとき、ユウジの心の中に沸き起こった疑念はあの時のものと同じだった。自分が生きる意味。ようやく見出せたと思ったそれは、あっという間に自分の手の間から零れ落ちていった。
残された高性能爆薬の量から、あの爆破は頑強な肉体を持つ幽霊たちやユウジをターゲットとしたものではなく、生身の身体のレイカをターゲットとしていたことがわかっている。レイカの口から組織の内情が漏れることを恐れた「自由の翼」の、薙澤零司の仕業に違いない。
青く輝く医療用細胞培養槽の中で目を閉じるレイカの姿に、涙が止めどなく溢れ出た。レイカの左腕と左足は火傷により炭化し、顔の左側も大きくただれていた。
「私の身体の技術を転用できたらいいのにな」
肩を叩くユーリにユウジは唇をかんで頷いた。癌細胞とIPS細胞のハイブリッドであるユーリの身体組成細胞は、他人には容易には移植できない。細胞の暴走を引き起こし、人の姿を保つことさえ出来なくなるだろう。
拳で涙を拭う。流した涙は、レイカを悼んでのものなのか、生きる意味を失った自分を憐れんでのものなのか、ユウジにはわからない。ただ一つだけ確かなことは、もう自分にはこの世界にいる意味がないということだ。
「つまらねえな」
爆破による身体組織への影響を調査する身体メンテナンス作業中に発したユウジの言葉に、手術服に身を包んだILAMSの医師たちが振り返る。大半の手術はロボットとAIにより自動化されているこの時代、コストの高い人の手をかけるのはユウジの身体が特別だからだ。腫れ物を扱うように自分の身体を検査する医師たちにユウジは唾を吐きかけたくなる。
—俺はなんだ?
身体メンテナンスを受けながら、アイグラスで爆破事件について検索する。ハッキングAIで赤く染まったネットの海はくずのようなデータしかユウジにはもたらさない。
—人間以上の力を与えられても、人並みの満足も得られやしない。
苛立つユウジはベッドの柵を拳で叩き付ける。ひしゃげた金属製の柵に、医師たちは怯えてあとずさり、ユーリがその肩に軽く触れる。
—レイカ。
白い肌、潤んだ瞳、甘い吐息。もっともっと分かり合えるはずだった。二人でどこまでもいくはずだった。何人もの人を殺した罪人同士、わかり合えると思った。ようやく生きる意味を見つけたと思った。
震える拳を強く握りしめる。そのときピーと短い音が鳴り、赤く染まっていたアイグラスの視界が晴れる。奇跡でも見るようにユウジは晴れ渡ったネットの海を見渡す。そこにはあの『十二人の幽霊』に関する情報が溢れている。その構成、拠点、装備。「自由の翼」ではない。あの爆破や炎は『幽霊』の武装によるもの。金属の一部に高い圧力をかけて化学反応を起こすことで強い衝撃や炎を発する『武器』によるもの—。
ユウジはアイグラスの示す情報を見つめ、ユーリに気取られないように震える拳を握りしめながら自分のやるべきことを確認する。
俺はレイカを失った。でも俺の生は終わらない。為すべきことを為し、この世界に俺とレイカの存在を刻み付ける。
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