P-6 出会い ー Fateful encounter

 最初に眼に入ったのは女性の顔だった。

−きれいな顔の人だな。

 黒い髪に意思の強さを示す瞳。冷酷さと紙一重の落ち着いた眼差し。彼女を見る誰もがそう思うはず。

−私どうして−。

 立ち上がろうとするが身体に力が入らない。


「海水に浸かりすぎたんだ。ひどい低体温症で全身が麻痺している。時間の問題だ」


 誰かの声が耳に入る。

−そうか、わたし死ぬんだ。

 妙に納得する。父さんは死んだ。母さんは行方不明できっともう死んでいる。次は私の番だ。痛みはない。このまま死ねるなら、それは幸せな事かもしれない。


「死ぬな」


 力強い声に意識が引き戻される。黒髪の女性は私を抱きかかえ、私の氷のような手を温かい手で握りしめる。私の瞳を覗き込み、その奥にある何かを探す。漆黒の瞳に反応して、私の心の奥底に何かが灯る。

−死にたくない。

 急にすべてが恐ろしくなる。自由に動かない身体が、発する事の出来ない声が、はっきりしない頭が。

 寒気を感じる。

 凍えそうなほど寒いのに、身体は動かない。


「や…だ…」


 死にたくない。絞り出した声。聞こえるか聞こえないかのその声に女は頷き返す。


「お前を助けるには手術オペが必要だ。これまでのお前とは変わってしまうかもしれない。それでも死ぬよりはましだ。構わないな?」


 必死に頷く。

 女性が頷き返す。その横顔にはわずかな笑み。その笑みに、私は安堵する。

 視界が涙でぼやける。

 女性の顔の後ろには澄んだ青空が広がっている。遮るもののない、広い広い空。


「・・・空」


 かすれた言葉を途中まで口にしたところで、少女の意識は暗い海の底に引きずり込まれていく。

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