4-22 郷愁 — Nostalgia
ユーリの弾丸で心臓を撃ち抜かれた老ヴィルタールは、奇跡的にまだヴィルタールシステムの主衛星の中で意識を保っていた。
身体の八十パーセント以上を衛星システムと共有し、システムのパワーユニットが老ヴィルタールの心臓と接続されていたからこそだ。しかし弾丸の推力は衛星の軌道をねじ曲げ、主衛星は地球軌道へと落ち始めている。数分も経たずに主衛星は大気圏で燃え尽きる運命にある。
—見事だ。
数百年ぶりの口の中を満たす血の味に、老ヴィルタールはまだ自分が生きていたことに驚きを覚える。もう何年も前に自分は死に、魂だけが軌道上を巡っているように感じていた。最後の瞬間に自分に生を実感させてくれた狙撃手に感謝と敬意を表し、老ヴィルタールは目を細める。弾丸は確実に心臓を撃ち抜いている。その腕前もさることながら、躊躇いなく心臓を撃ち抜くその心の強さにも、老ヴィルタールは敬意を表した。
しかし、死を覚悟し、受け入れた老ヴィルタールの中で、蠢く物があった。
長い年月を軌道上で過ごしたヴィルタールだからこそ持ち得た感覚。それはおそらくこう呼ぶのだろう。
郷愁。
自分も遥か昔、あの大地の上を飛び跳ねたことがあった。風を感じ、草の匂いを嗅いだことがあった。
あの大地に戻りたい。あの青く輝く星の上で、深く息を吸い込みたい。
もはや叶わぬ希望。しかし身体の中に確かに存在するその希望は、次第に強まり、一つの像を形作る。そしてその像は老ヴィルタールのこめかみで煌めく赤い輝きと一つになる。自分の欲望を叶える赤き輝き。
その輝きは、こめかみから光の速度でヴィルタールの通信ユニットに到達する。そしてそのコンマ数秒にも満たない時の間に、老ヴィルタールの儚い思いは赤い輝き—ラプラスと呼ばれるプログラムに仮の住まいを得た、一人のテロリストの心によってどす黒い憎悪に塗り替えられる。
—あの星を、あの煌めきを、全てを黒く塗りつぶす。
—そのどす黒く塗りつぶされる瞬間の、人々の叫びを子守唄に、私は永遠の眠りにつく。
ねじれ果てた思いは一筋の光となり、燃え落ちる衛星の通信ユニットから小さな島国の首都へと落ちていく。
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