2-8 名前 ー Given name

「別に見舞いになんか来てくれなくてもよかったんだ」


 ニコニコと笑うソラが病室に入ってきたとき、出てきたのは素直じゃない言葉だった。本当はソラのことばかり考えていたのに。


「元気そうでよかった」


 冷たい言葉なんて気にもかけず、ソラは勝手に病室に入ると粗末なパイプ椅子に腰掛ける。検査のあと、少年はいろいろなことを聞かれた。でも答えられることは少なかった。


「笑いに来たのかよ」

「笑いに?なんで?」

「俺がなにも知らないから」

「これから勉強していけばいいじゃない」


 さらりとしたソラの言葉は彼を楽にする。だけど素直にその言葉を信じられない。これまで何度も信じ、そのたびに裏切られてきた。


「今日は、あなたに選んでもらいに来たの」


 そう言ってソラは何枚もの紙を差し出す。そこにはいくつもの文字が書かれていて、ところどころに丸がつけられている。


「なんだこれ?」

「あなたの名前よ。名前ないんでしょ?一緒に考えましょ」


 ソラは紙を広げると、その一枚を少年に渡す。


「どれか気にいったのある?」

「−俺、字を読めないんだ」


 泣いているのを悟られないよう、うつむいて答える。


「じゃあ、読むから、気に入ったのがあったら教えて」


 ソラが読み上げる名前を、彼はどれも気に入った。でもその中で一つだけ、特に気に入った名前があった。その意味をソラに尋ねて、なんで気に入ったのか分かった。


「じゃあ、これね。とてもいい名前」


 ソラは屈託のない笑顔を浮かべる。

 命を救ってくれて名前をくれたソラに、僕は何かあげられるものはあるのだろうか。

 勇気を振り絞って素直にそう伝えると、ソラは少しだけ顔を赤らめ、俯きながらこう答えた。


「じゃあ、私の力になって。私、力がないから。あなたを救うのもぎりぎりだった。今回、はっきりわかったの。何かをやるためには力が必要だ、って」

「わかった。俺はソラの力になる」


 むずがゆさを感じながら少年は再び素直にそう答えた。


「ええ、お願い」

「ああ、任せろ」


 命に代えても、俺はお前の力になる−その決意を少年は胸に秘めた。ソラの笑顔と、その信念だけを信じて拠り所にしていく。これまで何も信じられなかった少年は、そう強く決意した。

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