2-7 塔の上で ー On the tower

「間一髪だった」

「ごめんなさい」


 ソラはひたすらに謝っていた。三百六十度、見渡す限り何もない祈りの塔の最上層を風が吹き抜けていく。海の湿気をわずかにはらんだ風は心地よく、沈み行く太陽に照らされた紫色の雲がゆっくりと空を泳いでいく。


「危うく粉みじんになっていたところだ」

「ごめんなさい」

「まあまあ、ユーリももういいだろ?ソラだって反省しているんだし」

「違うな。謝ってはいるが反省はしていない。だろ?」

「うん」


 ソラは笑顔で頷き、ユーリは渋い顔をし、ユウジは大きく笑う。


「私、きっと何度でも同じことをすると思う」


 五年前の再開発により渋谷駅周辺は大きく変わった。スクランブル交差点も、迷宮と評されていた駅も消え、代わりに建てられたのが"Skygarden"。地上六十五層の巨大な複合高層建築物—摩天楼だ。

 法律の改正と技術の進歩により、商業施設や住居のみならず医療機関に区役所や図書館などの公共施設、さらには公園やサッカー場、テニスコートまで含む「摩天楼」と呼ばれる超巨大建築物が建てられるようになって久しい。

 区としての機能を網羅するSkygardenそのものが、水面下で新しい自治体としての独立を模索している、という話も聞こえてきている。摩天楼Skygardenの実体は富裕層のための豪奢な住居と専用商業施設だ。下層民の出入りは厳しく制限され、一定階層以上に上がることは許されない。それでもアジア系を中心とした雑多な人種と国籍の富裕層が支配的なSkygardenは開放的な方だ。政府の中枢が入る旧東京駅近辺に聳えるCHITOSEや、欧米諸国の大使館職員が詰める東京湾再開発地域のBlue Islandには、どの階層であっても下層民は立ち入ることが許されていない。

 一昨日の爆弾テロでの爆発は四回。観覧車と噴水で「ボマーキッズ」が自爆。残りの二回は雑貨店と映画館。死傷者多数。発生から二十時間が経過し事態はようやく収束し始めている。


「事件現場周辺は完全封鎖。不幸中の幸いと言えば、Skygarden自体の損傷が軽微であったことくらいか」


 祈りの塔の最上層。マカロワは吐き出した煙が空へ溶けていくのを見つめる。


「ナギか?」

「間違いないわね。遺留品からもキッズボマ—の遺体からも証拠はなし。その完璧な手口が逆にナギの仕業であるという証拠」

「マカロワはナギに甘いからな」


 茶化すユウジの言葉をマカロワはフルスイングで無視する。


「でも今回、初めて手がかりを手に入れることができた」

「ソラのおかげ」

「そう。いくらナギでも、自爆犯を抱き締める少女の存在は想定していなかった」


 ソラは顔を赤くする。


「褒めてないよね?それ」

「当たり前だ」


 ユーリの言葉にソラはふくれる。


「で?その手がかりたる少年の様子は?」


 マカロワは首を振る。


「よくないのか?」

「そうじゃない。だけど難航している」


 捕らえた少年からはなんら有益な情報を引き出せないでいた。捜査に非協力的なわけではない。彼は何も知らされていないのだ。

 彼自身の生い立ちやこの国に連れてこられた経緯はわかったが、潜伏先や黒幕については何もわからない。


「教育係の女の身元は不明。おそらく先日のデータセンター破壊テロで個人情報が消された幽霊ゴーストの一人。匿われていた場所についても山と森があって坂道があって、ってそんな調子。看板や標識、新聞や雑誌を見かけたそうだが、読み書きを教わっていないから意味がわからない。服や靴に付着した土や埃でもあれば、と思ったが衣服はテロの直前に着替えている。徹底しているな」

「このままではまた同じことが起きる」


 丸テーブルを囲む誰もが同じことを考える。


「ねえ、あの子に会えない?」


 ソラは無邪気に首を傾げる。


「まだ入院している。一通りの取り調べは済んだから会えるがー。どうするつもりだ?」


 ユーリの言葉にソラはにっこりと笑って答える。


「いろいろと聞いてみたいの」

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