3-28 無意味な戦い — Meaningless fight

 動かない身体をなんとか引き起こし、再び跳び掛かってきた幽霊に組み付かれた時、轟音とともに視界が白く染まった。ホワイトアウトが治まると、頭上の橋桁が崩れ巨大な岩となって降り注いでくるのが見えた。逃げる間もなくユウジは黒衣の幽霊とともに岩の下敷きになる。意識が途絶える直前に浮かんだのはあの女の横顔。棺のような医療用細胞培養槽に浮かぶその横顔は美しく、出会った時と同じように傷一つない。手を伸ばし、その横顔に触れようとしたところで女の横顔が黒い仮面へと変貌し、ユウジは手を引っ込める。


「師匠!」


 聞き覚えのある声に目を開く。見ると、銀色に輝くアームドスーツがユウジの腕の上の岩を取り除いている。あの機体はRaven。大ガラスの異名を取る翼を持つ機体。トワがいつか言っていた。Latter11の中でもRavenは自分にとって特別なのだと。


「だってユーリのライフルと同じ名前だしね。それに—」


 思い出すのは少しはにかんだような顔。


「あの機体は空を飛べる」


 完全なる飛行性能を持つRavenはあらゆる面でTorgielの上位互換だ。その分、肉体への負荷も、操作も段違いに難しい。しかしそんなことトワにはきっと関係ないのだろう。愛しい者と空を飛ぶ光景を夢見て胸を躍らせるトワの姿は、からかうことを忘れるほどに輝いていた。

 トワのRavenに抱えられてユウジは空を飛ぶ。巨大な翼と二基のジェットエンジン。翼を広げたその姿はカラスというよりも天使だ。


「あの『幽霊』はどうなった」


 ユウジの問いにアームドスーツの中でトワは黙って首を振る。


「そうか」

「満足ですか?」

「馬鹿野郎」

「ソラが、彼女が、あなたの場所を教えてくれたんです。ものすごい憎悪だって。悲しげな二つの憎しみの感情が、お互いを飲み込もうと巨大な顎を絡ませ合っているように見えるって」

「—彼女を大事にしろ。ソラを絶対に守ってやれ。お前は俺みたいになるな」

「師匠、あなたは馬鹿です。大馬鹿です。あの『幽霊』だって仲間を失っているんです。犠牲者なんですよ?あの幽霊だって」

「わかっている。俺はただ—」

「マツカワ・カエデ」

「あ?」

「あの『幽霊』の名前です。全身を赤く染めた黒衣に身を包んでいました。全身痙攣を起こしていて、あの爆発が無くてもおそらくあと数分しか持たなかったと思う。あなたも、カエデっていう人も、踊らされているだけです。ナギに。薙澤零司に。僕らの敵は誰ですか。少なくともあの人じゃなかった」


 ユウジは黙って首を振る。


「戦う必要なんて無かった」


 冷たい風が肌を刺す。レイカのぬくもりを思い出し、自然と涙がこぼれる。

—いったい俺は何をやっているんだ。

 こぼれ出した涙は途切れること無く、これまでの罪を洗い流すことも無い。ユウジはただ無心に泣き続ける。

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