2-10 カザミ ー Kazami - the murder
『簒奪者がやってくる。巣に戻れ』
アイグラスのディスプレイに表示されたメッセージを一瞥すると、キッズボマーたちの教師−カザミは一つ首をぐるっと回す。カザミの思考は文章に変換され、アイグラスに表示される。
『少し遊ばせて』
カザミはアイグラスのフレームに触れて頭部を覆う立体映像を解除する。平凡な三十女の顔が消え、十七、八の少女の顔が姿を現す。肩まで伸びた茶色い髪を後ろで結び、アイグラスを額に上げたカザミは、一見するとどこにでもいる普通の女子高生だ。しかし彼女は既に三十件近くのテロを主導している。
ナギの側近であるカザミは仲間内で密かに”3×S(スリーエス)”と呼ばれている。静かで(Silent)、知的で(Smart)、サディスティック(Sadistic)。以前、彼女の前でその言葉を口にした男は、次の日に身体をバラバラにされて海に浮いていた。それ以来その言葉は彼女の前では御法度になっている。
『好きにしろ。相手は例の狙撃手と優男だ』
ナギのメッセージに薄く笑うとカザミは背後を振り返る。廃棄された山村の地下に作り上げた拠点。灰色のコンクリートに四方を囲まれた空間は涼しいが湿っていて黴臭い。カザミはその空間の奥に目をやる。そこでは『簒奪者』を迎え撃つべく、『猟犬』たちが爪を研いでいる。カザミのとっておきも用意してある。
カザミがナギと出会ったのは、三年前、五人目の男の殺しに失敗して女子少年院に送致された直後のことだ。身体目的で寄ってくる男をホテルに連れ込んでは殺して金を巻き上げていたカザミは、五人目の男を殺した際、被害者の爪の隙間に残っていた髪の毛からDNAを特定され、IDタグによる検索の結果と一致して逮捕された。
犯罪発生率が大幅に上昇していた下層界で、殺しは珍しいことではない。売春婦が殺されることも、逆に買春目的の男が殺されることもよくあることだった。しかしそれでもカザミの事件はいくつかの点で話題となった。一つ、カザミが若く美しかったこと。二つ、カザミが将来を嘱望されるアームドスーツ
アームドスーツの操作において、女性ながら国内屈指の腕前を持っていたカザミは、睡眠薬で眠らせた男たちをあらかじめホテルに持ち込んでおいたアームドスーツで殺していた。人の身体がどこまで耐えられるのか確認したかったというその理由に、メディアは「狂気の女性操縦者」と飛びついた。
「俺の下でアームドスーツに乗れ。好きに暴れていい」
「複数人の殺人は例外無く死刑」という改正法の下あっという間に死刑判決がくだされ、刑の執行を待つだけのカザミの前に現れたナギは透き通るような銀髪で、言いようのない不思議なオーラを放っていた。隣には赤髪の眼の覚めるような美女。古びた女子少年院の面会室の中で、二人のいる場所だけが輝いているように見えた。
「細かい面倒はこいつが見る。アームドスーツもすげぇやつをくれてやる」
面会室には不思議なことに三人以外に人がおらず、会話内容も録音されていなかった。そのあともナギとレイカは具体的なテロの話まで含めて笑いながらカザミに話した。
−狂ってる。
それが最初のナギへの印象だ。自分を信じて全てを話すことも、その話の内容も、全てが狂ってるとしか言いようがなかった。だいたい自分は死刑囚だ。それがどうやってここから出るというのだ?
「お前、死にたかったんだろ?」
考え込んでいたカザミは、その言葉でナギのことを見直した。そう、カザミは警察に捕まり死刑になるつもりでわざと自分の髪の毛を遺体に残していた。あえて理由を言うならば、全てが空しかったから。アームドスーツを操縦することも、売春で金を稼がなければならないことも、男たちを殺すことも、全てに空しさを感じ、嫌気がさしていた。だから最後に自分や、仲間たちを食い物にしてきた男たちを殺しまくって、司法の手によって裁かれようと思った。
生後直後のIDタグによる遺伝子識別の結果、カザミは身体特性や即時の状況判断力、G変化への耐性などに非常に優れていることが確認できた。同種の遺伝子パターンは優れたアームドスーツ操縦者に多く、だから物心ついた頃からカザミはアームドスーツの操縦だけをひたすらに学習し、そのための学校に入り、卒業後はアームドスーツ操縦者となることが義務づけられていた。遺伝子適合が認められたアームドスーツ操縦の教育をカザミは無償で受けることが出来る。下層民であり日々の暮らしにも困窮していたカザミには他の選択肢などなかった。
アームドスーツ操縦者の現実を知って暗澹となったのはカザミが十代に差し掛かった頃だ。
警察に入り都内の治安維持に努めるか、あるいは摩天楼の建築現場で人力では不可能な大型資材の運搬や建設補助に携わるか。下層民出のアームドスーツ操縦者にはその程度しか働き口はない。テロが多発する都内での治安維持活動は常に死と隣り合わせ出し、富裕層の無茶な要求に応えることが最重視されている摩天楼の建築現場では死亡事故は日常茶飯事だ。「アームドスーツ乗りはすぐ使い物にならなくなる。だからいくらでも必要だ」。都市部で囁かれていた言葉。AIによるアームドスーツの自動操縦技術も進化してきていたが、都内の治安維持活動や建築作業を任せることの出来る高機能AIはとんでもなく高級で、それに比べれば下層民の人件費なんてただみたいなもの。いくら腕がいいからって、どちらが重視されるかなんて考えるまでもなかった。
生まれた時点で全てが決まる、可能性が限りなくゼロに近い社会。
システムの効率化と最適化だけが優先され、人の意志や可能性という曖昧で甘い言葉が無視される社会は、奇麗だが窮屈だ。−こんな世界、なくなればいいのに−。カザミに限らず同い年の子たちは皆、そう考えていた。
「もったいない。死ぬぐらいならその腕を俺に寄越せよ。俺にはお前が必要なんだ」
女を落すための言葉。そんなことわかっていが、それでもカザミは敢えてその言葉に乗った。一度は死んだ身だ。ナギっていうこの男がどこまで行けるのか見届けたい。その気持ちの方が強かった。ナギの言葉に頷くと、次の日にはカザミはナギとその仲間たちの大型トレーラーで、レイカの隣に座っていた。そしてその日、生まれて初めて生きていて楽しいって感じた。明日、何が起きるのか、自分の将来がどうなるのか、わからない。今日、何をしたっていい。それはなんて素敵なことなんだ。
−楽しみだわ。
カザミはナギの言葉に舌なめずりする。ナギが設計したというあれは完璧だ。自分の全てをつぎ込んで、思う存分に力を振るうことが出来る。ナギと出会ってから失望したことは一度も無い。きっと今回もそうだ。心はあの日、ナギのトレーラーに初めて乗り込んだ日と変わらない。ずっと毎日が輝いたままだ。
−楽しみだわ。楽しみだわ。楽しみだわ。
これから始まるショーを前に、カザミの昂揚は抑えきれないほどに増していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます