2-11 百鬼夜行 ー Pandemonium
「『変わろうとする力』と『秩序を保とうとする力』はいつの時代もぶつかるんだ」
廃棄された山村を見下ろす高台。築かれたベースキャンプでは五十人ばかりの戦闘員が突入に備えて忙しく動き回っている。彼らの標準装備である特殊戦闘服はナノマシンが全面に展開することで周囲の環境に完全に同化できる。暗殺と破壊活動を専門とする彼らに必須の装備品だ。
テロリストたちがキッズボマ—を人質に取るケースや、自爆兵として使用するケースも想定し、ジェスターによって隠密行動が推奨された。このベースキャンプ自体も周囲に配置されたポール型の環境同化装置によって外部からはただの岸壁にしか見えない。逆位相の音波をぶつけることでキャンプ内の音もキャンセルされ、外部には伝わらない。
軍用の小型アームドスーツを着込んだ後方支援の兵士が物資を運んで忙しく歩き回る。アームドスーツや自律型無人機械は今回のような隠密任務には不向きなため、戦闘には同行させていない。もっぱら後方支援での適用だけだ。土ぼこりを避けてユウジは一台の
「いつの時代も最初は『秩序を保とうとする力』が優勢だ。人間は元来、変化を好まないものだからね。でも『秩序を保とうとする力』はいつの日か必ず腐敗する。必ずだ。そして、腐敗に嫌気がさした民衆は『変わろうとする力』に肩入れし始め、『既存の秩序』を塗り替えて、『新しい秩序』を築き始める。そしてまた、腐敗が進むまで『秩序』は続く。人間は紀元前からこれを繰り返している」
『ギギギ…だからこそ、お前や、あの氷みたいな女が生み出されたんだろうぅぅー?お前らは人類の『発展系』だ。そんな人の負の連鎖を乗り越えられるのか?期待してるぜぃぃ?』
「急に言葉遣いが悪くなったね。あの子の前ではいい子ぶってたんだ?」
『こんな俺でもよぅ、人は選ぶのさ。純真な人間には丁寧に、そうでもない人間にはぞんざいに、ってな』
「師匠」
見下ろすとトワという名をもらったキッズボマーが『玄武』の上のユウジを見上げている。誰でもなかったのが「トワ」になったからか、ソラのおかげなのか、彼は生き生きとしている。
「師匠はよせ。せめて『先生』にしてくれ」
「『先生』はもうこりごりですよ」
トワは笑いながら跳び上がり、『玄武』の窓枠を蹴るとそのまま身体を一回転させてユウジの隣に立つ。ジェスターの口からヒューという口笛の音が漏れる。
身体能力だけでなく、トワは頭もいい。ソラが教えた文字も礼儀作法もあっという間に覚えた。彼をキッズボマ—としてスカウトした男たちの見る目は確かだった、というわけだ。
「準備は整いました。いつでも出られます」
「じゃあ、ぼちぼち行くとするか」
高台から見下ろす村は鬱蒼とした緑に覆われている。アスファルトの舗装を突き破って草木が生い茂り、点在する家屋のほとんどから木々が顔をのぞかせている。戦闘部隊は五つに別れて村を探索する手はずになっている。トワは『玄武』の中で待機。ユウジは独りで進軍。ユウジが全力を振るう上で、仲間は障害にしかなりえない。
いつものスーツの上から特殊戦闘服を着込み、環境迷彩に身を包んだユウジが一軒の民家の玄関扉を開く。鍵はかかっていない。家屋廃棄の際に扉は開けっ放しにすることが義務付けられている。
からからと音を立てて開く引き戸。数年間も放置されていてこんなに簡単に開くものだろうか。屋内に入る。うっすらと埃の積もった床。ひっくり返った椅子とテーブル。その周囲だけ埃がない。
『師匠』
−やめろと言っているのに−。インカムからのトワの声にユウジは心の中で舌打ちする。
「どうした」
『第三部隊からの反応が途絶えました。第一部隊も交戦中です』
「相手は?」
耳を澄ますが音は聞こえない。サイレンサーよりも効果的なノイズキャンセラーは今や銃火器の標準装備品。音は戦場を特定する手がかりにはなりえない。気が付いたら交戦地帯のど真ん中に飛び出て蜂の巣になっている可能性だってある。
『どうやら人ではなさそうです』
ー人ではない。ユウジは銃をしまうと背中の杖を手にする。強固な装甲を持つ自律型戦闘機械に銃弾は無意味だ。最も効果的なのは圧倒的な力による打撃。たとえ装甲が耐えられても中身の回路は無傷ではすまない。アームドスーツを着た兵士も同様。強化装甲は無事でも肉体は無傷ではすまない。
居間に入る。田舎の家屋はどれも間取りが広い。二十畳近くある居間の畳を突き破って竹が天井に迫っている。
ガリ。ガリ。
居間から縁側に続くガラス戸のすぐ上あたりで何かを引っ掻くような音がする。虫ではないもっと巨大な何かだ。ユウジは部屋のテーブルを足場に跳び上がると、ためらうことなく音の場所に杖を叩きつける。轟音と共に壁が砕け、巨大な穴が開く。
「ずいぶんと風通しがよくなった」
ユウジの打撃を受けた何かが裏庭に転がる。身の丈三メートルほどの巨大な機械の蜘蛛。
よく見ると蜘蛛に似ているが足の数が多い。破壊された胴体からは、ちぎれた金属がはみ出ている。人の形を真似たリアルな頭部に杖を叩きつけると、ようやく蜘蛛は動きを止める。
「気色悪いな」
『それが狙いだ』
インカムの向こうからジェスターの声。全方位回線は敵にも感知されるが会話に秘匿内容は含まれていない。それに機械の蜘蛛と対峙した時点で、ユウジの位置はもう相手にばれている。
『敵の精神と肉体を損なうことが目的という点では怪物も兵器も同じ。戦意を喪失させるにはそれ相応の外見が必要なんだ』
戦闘フェーズに移行し言葉遣いも思考アルゴリズムも戦闘形態に最適化されたジェスターが、今度はユウジに蘊蓄を垂れる。
「兵器も効率と性能だけでなくデザインを追求する時代か」
『もともとデザインは重視されているさ。人が憧れるデザインから、人が忌み嫌うデザインへと趣向が変わっただけだ』
「こんな奴らがわんさかと?」
『Exactly』
「ぞっとするな」
軽口を叩いている間にも無人自律無人機械は次々と集まってくる。蜘蛛、百足、蠍、蛇、なんだかわからない虫や動物。頭部は老若男女、様々。ユウジを遠巻きに取り囲み、身体や足をひっきりなしに動かしながら、銃口の形をした両の手を差し出す。誇張された気味の悪さにアイグラス越しに戦況を見ていたトワは装甲車の中で吐き気を覚える。
「こういうのを百鬼夜行っていうのか?」
ユウジは頭をかく。
『よく知っているな』
「馬鹿にするなよ?怪談は日本の伝統の中で好きなものの一つだ」
機械の手から銃声が響く。機械の百鬼夜行と人の枠を超えた者の戦いが始まる。
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