4-9 祭りの始まり — The beginning of carnival
『四ツ谷駅前。暴動拡大中』
『吉祥寺。民衆が蜂起。街中の監視カメラを破壊しながら東進中』
『渋谷。BlueIslandへ向けて数万人規模の群衆が行進を開始』
『東京駅前。CHITOSEの前に都民が集結』
『世田谷公園。—』
次々ともたらされる報告に車椅子のナギは眼を細める。摩天楼への建築資材運搬を偽装した巨大トレーラーの荷台では男たちがモニターで状況を確認している。絶え間なく続く摩天楼の修繕作業のため、都内の幹線道路は常に物資運搬用のトレーラーやトラックで溢れている。紛れ込むのは容易だ。カザミはZycosの準備に余念がない。もう完全に修理は終えている。
「やるじゃないかクレイ・クライン。これでお前の肩書きが増える。クレイ・"フェイク"・クラインだ」
「そいつはどうも。嬉しくないけどな」
クラインは筋肉隆々の肩をすくませる。
限られた情報で人を識別するAIは、認識対象と認識するAIの間にうまくデータを滑り込ませてやれば、制御する事は容易い。クラインの腕前であれば、朝飯前だ。
「千を超える自律型機械を下層民にもぐりこませてある。奴らはこちらの指先一つで市民を攻撃対象と認識し、殺戮を開始する。引き金は引かれた。暴動は行き着くところまで行き着く。とうとう時代の変わる瞬間を眼にすることが出来る」
ナギは狂人の眼で虚空を睨む。
『四ッ谷駅前。アームドスーツが接近中』
「—来たな。映せ」
街頭のカメラの映像がトレーラー内の壁に映し出される。都内のほぼ全てのカメラは掌握済みだ。映像にはZycosの半分ほどの背丈、三メートルほどの小型アームドスーツの姿が映し出される。丸い頭部と手足それぞれからバネのような腕や首が胴体につながっている。見た目は子供向けアニメのキャラクターのような愛らしい姿。見たところ武器らしきものは持っていない。一人乗りの球型退避用ポッドを背負い、ビルの外壁や路肩の折れた電柱の間を飛び跳ね、あっという間に視界から消える。
「なんだありゃ?」
「Yipsilonだ」
カザミの問いかけにナギは無造作に答える。
「Yipsilon?」
「Zycosに最も近いとされるアームドスーツ」
「Zycosに近いだって?あの丸坊主が?冗談はやめてくれよ」
カザミがキャンデーをかじりながらナギに噛みつく。
「ZycosとYpsilonはそれぞれ私とマカロワが基礎設計を担当したアームドスーツだ。攻撃性能に特化したのがZycos。光学兵器を搭載したあの機体の火力であれば軍隊相手でも引けをとらないし市街地の制圧くらい容易だ。その一方で機動力に特化したのがYpsilon。敵の攪乱に特化した相手を傷つけずに制圧することを目的とした機体。夢見がちなあの女らしい」
「ばかばかしい。相手を傷つけなければこちらが傷つけられるだけだ」
「Ypsilonの特徴はその運動性能だ。今のを見ただろう?丸く小さいボディを活かした高速移動で相手をかく乱する」
「それだけで私のZycosに匹敵するだって?気に入らないな。私がそのZycosで一蹴してやる」
「気を抜くなよ?向こうにはマカロワがいる。Yipsilonに私の知らない新しい機能が搭載されていてもおかしくない」
「だとしたって乗り手に歴然の差がある。思い知らせてやるさ」
カザミは酷薄な笑みを浮かべると両手を広げてコンテナの後部に向かう。
『四ツ谷駅前で稼動中の自律型機械三機が頭部を損傷。修復不能。暴動は急速に沈静化』
「映せ」
カザミと会話していたことなど忘れたかのように、ナギが壁面映像に飛びつく。
『潜入メンバーによると三機とも頭部を銃弾によって破壊された模様。半径一キロメートル以内に硝煙反応はなし。狙撃者の位置不明』
「そりゃそうだろうなあ。一キロなんてケチな距離じゃあ、ねえもんなあ」
ナギは咳き込むと車椅子からずり落ちる。そんなナギをマーカスが慌てて抱き上げる。
「まだあいつは秩序の守護者を気取ってやがるのか。馬鹿なやつだ。歴史は繰り返す。秩序は新しい秩序によって塗り替えられる。いまがその時だってのになんでそのことに気付かない?あの塔の連中は、あの機関の連中はみんなそうだ。えぇ?」
『渋谷で暴徒に紛れ込ませた自律型機械が大破。混乱が市民に伝播』
「混乱!素敵じゃねえか。秩序の対極にあるのが混乱だ。何かを生み出す直前だ」
ナギは車椅子に腰かけたまま、壁面の多重映像の一つに手を差し伸べる。拡大されたその映像に映し出されているのは都内の摩天楼の影。高空を飛行する都心監視ドローンの映像をハッキングしたのだろう。
「気に入らないな。まだ我々はゆるぎない、って面で鎮座してやがる。あいつらも揺り動かさなきゃな。混乱は全ての源だ。クライン!」
「わかっている」
クラインの言葉と共に映像に激震が走る。映像の中で瀟洒な摩天楼、BlueIslandの周囲で炎の柱が立ち上がる。炎の柱はあっという間にBlueIslandを包みこみ、その名前の由来となった青いクリスタルのような壁面を溶かしていく。
壁面を伝って上層から下りてきた六本足のロボットが消火剤を散布するが火の勢いは止まらない。見ると暴徒に紛れた自律型機械が炎をまき散らしている。
『BlueIsland上層部の米軍駐留部隊の動きが活発化』
「はっはっはっ!いいぞいいぞ!祭りは賑やかな方が楽しいに決まっている!」
『そんなに祭りが好きなら、自分が踊ればいい』
心の中に響く言葉にトレーラーの中の全員が硬直する。言葉に縛られ自分の身体が意のままにならないことがどれだけ恐ろしいか、誰もが認識している。
「来たか!精神防壁の出力を最大にしろ!前のようにはいかない!」
ナギが絶叫し、トレーラーの中央に置かれた球体を確認する。ソラの精神把握能力を妨害するジャミング電波を放つ球体。緑色のランプがその動作を示している。
「生体反応!トレーラー後方十五メートル!」
ナギは車椅子のボタンを押す。トレーラの後ろ扉が鈍い音と共に開け放たれる。素早くトシヤが開け放たれた扉の向こうへと機関銃の引き金を引き、マーカスがトレーラーを発進させる。扉の向こうには何もない青い空が広がるだけだ。
急発進に揺れるナギの身体をクラインが片手で引き戻す。
「上だ!」
トシヤが天井に銃口を向ける。
「待て!」
ナギが止める間もなく放たれた銃弾は天井で跳ね返り、室内の人間を貫く。短い悲鳴と共に三人の男が倒れ、プロジェクションモニタの画像が消える。
「トシヤ、早まってんじゃねえよ!」
投げつけられた罵声をものともせずにトシヤは機関銃を腰に構え、トレーラーの中を掃射する。トシヤの顔からは表情が消え、ぶつぶつと何事かを口ずさんでいる。悲鳴と怒号が飛び交う中、ナギは右手の拳銃でトシヤの眉間を貫く。
「精神防壁を張っているのにこの有り様か!」
轟音と共にトレーラーの屋根が割ける。あっけにとられる男たちの前で割けた屋根から優男が顔をのぞかせる。。
「よお。殺しに来たぜ。約束通り」
スーツを着た優男。手には超重量の金属製のステッキ。人の力を超えた男がそこに立っている。
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