4-18 標 — A light of dark city

『師匠!!』

 馬鹿弟子の声を最後に、アイグラスは機械たちに潰された。両腕は弾丸と刃でズタズタ。足は酷使しすぎてろくに動かない。


「—ったく、傷が治っていないのに無茶するからこんなことになる。って仕方ないよな」


 ゴリラ型の機械が振り回す腕をまともに頭に受け、アスファルトの地面に身体が埋まる。血を吐きながらもステッキを振り回し、ゴリラ型機械をたたき壊す。背後から虎型の機械にのしかかられ、今度はうつぶせに倒れ臥す。両肩を抑えつける爪から逃れようとするが、身体がもう動かない。


「—レイカ」


 細胞培養槽で眠る女を思う。身体から力が、生命が抜けていく。身体に走っていた赤い光がくすむ。周囲が暗くなり、音が消えていく。

 —これが死か。

 生まれた時から常に覚悟してきていた。それが訪れるのは明日かもしれない。いや、数時間後かもしれない。常にベッドの中で動かない四肢を抱えながら死の恐怖と戦ってきた。そしていつしか死は友達となっていた。すぐ側にいた。自分はもうすぐ死ぬ。両親にみとられることも無く、ベッドの中でいつの日か冷たくなっている。そしてそのまま焼かれて灰になり、葬られる。それが自分の死だ。

 —なのにどうだ。

 愛する女がいた。自分のことを気遣い、ともに戦う仲間がいた。そして未来を託せる後継者がいる。

 —上等すぎる。

 満ち足りた思いを抱きながら、ユウジは目を閉じる。周囲から音も光も、全てが消え、意識が暗闇に飲み込まれていく。


 きっかけは一つの小さな石ころだった。

 カツン、という音を立てて小さな石ころがユウジを抑えつける虎型機械の鼻先にあたった。

 ユウジの首筋に牙を突き立てようとしていた虎型機械の動きが止まり、辺りを見回す。続けて一台の車が猛スピードで突っ込んでくる。運転席には誰もいない。ネットワークからの介入ポートを完全に殺した、マニュアル運転の磁気浮上車。アクセル部分には重しが乗せられ固定されている。

 ユウジの頭の先をかすめた車は虎型機械を吹き飛ばし、そのまま数機の機械の獣たちを圧し潰して爆発する。


「次!」


 言葉に促されるように新しい車が現れ、同じように機械たちに襲いかかる。単純な仕組みだが、効果はある。機械の獣たちは動けないユウジを捨て置き、磁気浮上車の現れた国道先に注意を移す。

 機械の視線の先には人々が集結していた。先頭には防爆・防弾性能を持つ強化複合プラスチック製の盾を構えた男たち。その後ろには銃を携えた男や女、さらには鉄パイプや、石、空き瓶、廃ビルから剥ぎ取った瓦礫を持つ人々が連なる。気がつくと、機械の獣たちを取り囲むように人の輪が出来始めている。その数は、数千の数を誇る機械の獣たちをも圧倒する。


「子供たちを離せ!」

「我々の英雄に、手を出すな!」

「テロリストは、国から出て行け!」


 怒号が空気を震わせる。数万人規模の怒れる下層民たちが機械の群れを取り囲み、思い思いに手にした物を投げつける。

 言葉にならない叫び声とともに機械に向けて銃弾が放たれる。消化剤が撒かれ、白煙が辺りを覆う。可視光認識型の機械たちは沈黙し、その間に銃弾が機械の身体をえぐり投げつけられた瓦礫や石が身体を砕く。周囲のビルや家からはガソリンが撒かれ、放たれた火が機械たちを包む。


「これも、君の能力なのか?ソラ」


 トワの言葉にソラがうっすらと目を開ける。


「違うわ。これはみんなの意志。自分たちを力で押さえつけようとする者たちへの怒り。—すごい。圧倒的な怒りが恐怖や悲しみを打ち消していく。そしてその怒りが一つの大きな波となって街を覆っていく」

「大丈夫か?飲み込まれない?」


 ソラはゆっくりと首を横に振るとトワの手を握る。


「大丈夫。私にはトワがいる。だから自分を見失うことはない。はっきりはわからないけれど、私と同じような人はこの街にもたくさんいるわ。圧倒的な怒りの波の中にいながら、自分を見失わない人たち。暗闇の中に灯る街灯のような、標となる人々」


 トワは思わず空を見上げる。いつも白い霧に覆われていた東京の空が今日は晴れている。夕焼けが空を赤く染め上げ、紫色の雲がなびいている。夜が来る。そしてその夜が明けたときには、この街はもう今日の街とは別の街になっているはずだ。

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