4-17 死闘 — Battle for tomorrow

 獣のように暴れるソラをユウジは抑え込むことしかできなかった。

 大地を脈動が走り、自律型無人機がその動きを変え、人々の顔が恐怖に歪んだ時、ソラの小さな体と頭の中を何かが走ったのをユウジは確かに感じた。

 ソラは全身を反らせて吠え、その小さな体のどこにそんな力があったのか、と思うほどの力でトレーラーの屋根から跳躍した。ユウジが慌てて空中で捕まえなければ、そのまま地面に叩きつけられていただろう。


「しっかりしろ!姫!」

「痛い!痛い!怖いの、止めて!」


 自律型無人機に攻撃された都内全域の人々の感情がソラに流れ込む。それは一人の少女が抱えるには大き過ぎる感情だ。

 自由の翼の墓標となったトレーラーと摩天楼 Skygardenが影となり、ここからは祈りの塔は見えない。荒れ狂うユウジの身体を折らないように、そっと押さえつけることしかユウジにはできない。

 ソラは口から泡を吹き、爪を立てて自らの身体を掻きむしろうとする。恐怖と驚愕がソラの頭を支配する。


「おい、馬鹿弟子!どこだ!」


 Yipsilonはユウジたちのいる場所からほど近い国道上でうずくまって静止している。Zycosの光学兵器に焼き払われたビルや道路は焼け焦げ、まだ煙が上がっている。あたりには焼け焦げた磁気浮上車と逃げ後れた人々の死体。空襲の後のようだ。


「し、師匠…?」


 ユウジのアイグラスのインカムからトワのか細い声が入る。Zycosを破壊したものの、Yipsilonも満身創痍。しかも操縦者に尋常ではない負荷をかけるYipsilonだ。トワも相当に傷つき、疲弊しているに違いない。


「あの木偶人形をぶっ飛ばしたのはほめてやる。でもいいか?今すぐ、死ぬ気でここに来い。姫を呼び戻せるのはおそらくお前だけだ。今来ないとお前は一生後悔するぞ!」


 それからきっかり三分後、トワはユウジの傍らでソラの顔を覗き込んでいた。Yipsilon操縦時の衝撃でトワは全身痣だらけ。しかしトワはそんなこと全く気にしていない。


「ソラ!しっかしりして!僕だ!トワだ」


 ひとしきり暴れた後、ソラの身体からは力が抜け、いまはぐったりとしている。目を開いているが、その目には何も映っていない。


「どうなっているんだ!マカロワ!ユーリ!なんとか言え!」


 いくつもの死体が転がるトレーラーのすぐ脇で、ユウジとトワはソラに声をかけ続ける。しかしソラは全く反応しない。


「自我を完全に失っている。数多の憎悪、恐怖、驚愕といった感情に飲み込まれて自分を見失っているんだ」

「どうすればいい!」


 叫ぶユウジにトワは応えない。代わりに何かを決意した表情でソラの顔を見つめる。


「ソラ、僕は君に命を救われた。あのとき、摩天楼の上で見つけてくれなかったら、僕は間違いなく死んでいた。そして名前をくれた。君に名前を貰わなければ、僕は名前を持たないまま生きていた。さらに生きる意味をくれた。君がいたから、僕は戦おうと思い、師匠やユーリたちに出会うことが出来た」


 トワが流した涙がソラの頬を熱く濡らす。なぜだ。なぜ、ソラが戦わなければならない。彼女はただお父さんとお母さんと楽しく暮らしたかっただけだ。なのになぜ。


「トワ?泣いているの?」


 ソラがゆっくりと目を開く。


「ソラ!ああ、戻ってこれたのか!」


 ソラは指でトワの頬を伝う涙を拭うと、頬に軽くキスをする。


「あなたの声が聞こえた。誰よりも温かく優しい声。暗くて冷たい感情の嵐の中で、あなたの声だけが私の道標だった。私を導いてくれた」


 ソラはトワを深く抱きしめ、トワもソラを深く抱きしめる。


「姫、よかった。生きているな?大丈夫だな?」

「私は大丈夫。トワがいる限り、私はもう自分を見失うことは無いわ」

「そいつはよかった。ただ、状況はちっともよくなさそうだ」


 振り返るユウジの向こうから、ガチャガチャとした金属音が近付いてくる。見ると国道を自律型無人機械の大群が押し寄せてくる。蜘蛛、百足、蛇。ありとあらゆる動物や昆虫の姿をした金属の機械がいる。あの山間の村で見た機械の百鬼夜行たち。それが今、都心の国道を闊歩している。


「あいつらにこんなところで会うとはね。愉快な気持ちにはなれないな。なあ、ジェスター?」


 ユウジはぼろぼろのスーツでネクタイを締め直すと愛用のステッキを取り上げる。


「ったく、返事なしか。おい、馬鹿弟子、今日だけはお前を格上げしてやる。今日だけはお前は王子だ。だからいいな?絶対に姫を守れ。そして生きて二人でユーリたちのところに戻れ」


 機械たちの先頭を歩く、ペンギンの姿をした自律型無人機械が嘴から弾丸を撃ち出す。ユウジはステッキを一振りするとその弾丸を弾き返し、機械たちの群れに風穴を開ける。


「師匠、それ…」

「ああ。あの大群が相手じゃあな。こうするしかない。おい王子様、いいな?何が何でも生きろよ」


 ユウジの身体に赤い線が浮き出ている。血の狂騒。ユウジの全身を構成する生体強化金属、アステロイド合金が神経系の伝達速度を増大させ、力を何十倍にも増幅させている。

 ユウジが軽くステッキを振るう。それだけでトレーラーのタイヤが吹き飛び、吹き飛ばされたタイヤは自律型無人機械をまとめて数機、圧し潰す。消えた、と思った次の瞬間にはユウジは機械の群れのど真ん中に現れ、蹂躙すると次の瞬間には別の場所に現れる。


「無茶だ。あんな戦い方したら…」


 血の狂騒はただでさえ身体への負担が大きい。それなのにさらにあんな無茶な戦いを繰り返したら、血の狂騒の効果が切れた段階で身体が動かなくなる。しかしそれでもユウジは手を抜くつもりはない。

 機械の化け物たちの中で炎が巻き起こる。対人用の火炎放射器。その火炎を切り裂いてユウジが姿を見せる。

—笑っている。

 確かにユウジは笑っていた。自慢のスーツはぼろぼろに破け、身体中に走る筋が赤く輝いている。トワは理解する。師匠は、ユウジはこの瞬間を最大限に楽しんでいる。命をかけて戦うこの瞬間。もうユウジにはそれしか楽しみを見いだせるものがない。


「行け!」


 ユウジの言葉に押されるようにしてトワはソラを抱きかかえたまま半壊のYipsilonに乗り込む。ソラを膝に抱いたままYipsilonを起動させると、ユウジに背を向けてYipsilonを走らせる。

 ユウジの隙を突いて蜘蛛の姿をした自律型無人機械がYipsilonの足に絡み付き、Yipsilonを転倒させる。蜘蛛を叩き潰したYipsilonの腕に蛇型の機械が巻き付き牙を立てる。ユウジが投げたステッキが蛇の頭を砕く。Yipsilonが投げ返したステッキをユウジは振り返らずに受け取り、そのまま一振りで周囲の機械を叩き潰す。叩き潰された機械たちの後ろから、狼型の機械が襲いかかり、鳥型の機械が弾幕を敷く。

—きりがない。

 機械は際限なく現れる。ユウジの身体に走っていた赤い筋の輝きは既に薄れ始めている。ユウジの動きも明らかに落ちている。もう限界が近い。


「師匠!」


 倒れたYipsilonの中でトワは絶叫する。Yipsilonのすぐ側まで機械の大群が迫る。ユウジの身体が機械たちの中に埋もれていく。

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