4-13 混乱 — Chaos

「こっちだ!」


 『黒衣』を身に着けて駆け付けたヤスダは、炎上するアシュレイの頭部装甲に消火剤を振りかけると、二人の幽霊を抱えて崩れ落ちたビルの瓦礫の陰に滑り込んだ。

 暴徒には二機のOctasが対応しているが、分が悪い。一般市民相手にOctasは銃撃できないが、暴徒と、暴徒に紛れ込んだテロリストの自律型機械は遠慮なく銃弾を浴びせてくる。

 派手な音とともに一機のOctasが転倒する。新宿の方角からの長距離ライフルによる狙撃。テロリストの自律型機械だろう。ナギたち自由の翼がどれだけの数のどのような自律型機械を東京都内に放ったのか、その正確な数を知るすべはない。


「目を覚ませ!傷は浅いぞ!」


 ヤスダは慣れない手付きでアシュレイとユウキの強化装甲に組み込まれたバイタルサポートシステムを起動させる。淡いグリーンの光が二人の全身をスキャンすると、ビクンと一つ震え、二人は意識を取り戻す。

 戦闘不能状態からの復帰後、二人は即座に互いをカバーし合う陣形に移行し、ヤスダを驚嘆させる。訓練が身体の隅々まで染み付いているのだ。


「状況認識完了。あなたに助けられたようだ」

「礼を言うなら私の部下だった女性に言ってくれ。彼女の死がなければ私はここにいなかったはずだ」


 マツカワの名前を出すと二人は戦闘態勢を保ったまま口々に彼女への賛辞を述べた。勇敢で思慮深い女性だった、と。

『昔話はそれくらいにして。暴徒の鎮圧目的で介入したあなた方には申し訳ないけれど、その場からの離脱を第一目的に変更させてもらうわ』

 指令センターからナナミの指示が入る。的確な指示ができるナナミは、後方支援に最適な人材だ。


「異論はない。方法は?」

『そこでは暴徒が多すぎてピックアップできない。ブラックウィドウの降下ポイントを送るからそこまで移動して。運動不足のおじさんが一緒でも強化装甲を身に着けていれば問題ない距離よ』


 一瞬だけ笑みを浮かべると三人は転送されてきたデータポイントを確認する。場所は旧市ヶ谷駅前。目と鼻の先だ。Octasを囮に、三人が走り出そうとしたその時だ。


 ドクン。


 三人の強化装甲が脈動した。何事かと思った次の瞬間、強化装甲の正常動作を示す手首のグリーンのランプが明滅し、異常を示す赤色に切り替わる。


「おい、ウソだろ?どうなってるんだ?損傷はないはずだぞ?」


 声を上げたユウキの腹部をアシュレイの拳がとらえる。ユウキはそのまま二十メートルほど吹き飛び、通りの向こうのビルの壁面にぶつかって倒れ伏す。


「どうなっているの!?手足が勝手に動く!」


 ヤスダの強化装甲も同じだ。制御系統がいかれたのか全く思い通りに動かない。勝手に手近な瓦礫に手刀を叩き込み、粉砕する。

『制御システムが乗っ取られている!マニュアルに切り替えるからショックに備えて!』

 ナナミの言葉と共にズシリとした重みがヤスダの身体にのしかかる。強化装甲の自動制御が切られると同時に、強化装甲自身の重みをキャンセルするアクチュエーターの制御も切断された。神経接続も解除されたため、パワーと堅牢性はそのままだが、鈍重な動きしかできない。


「痛ぇ…いったいどうなってるんだ?」


 インカム越しのユウキの声は、悲鳴によってかき消される。振り返ると、二機のOctasが暴徒に向けて銃撃を始めている。

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