3. 復讐の男 ー A man of the revenge

3-1 時を経て ー After a few years

 アームドスーツBiterの巨大な爪を紙一重でかわすと、トワの操るAporonはBiterの胸に鉄棒の一撃を見舞う。胸に描かれた白い翼のエンブレムがひしゃげ、制御系統を粉砕されたBiterは沈黙し崩れ落ちる。

 右腕の巨大な爪が蟹を思わせるBiterは「自由の翼」が最近、投入を始めた無人制御のアームドスーツだ。分厚い装甲は機銃掃射をものともせず、巨大な爪は磁気浮上車ホバーを軽々と引きちぎる。Biterに搭載された低級AIのセマンティック・セグメンテーション機能では人や磁気浮上車くらいしか判別できないが、それでも十分な脅威だ。識別した対象が動かなくなるまで爪を振るう。そんな簡単なアルゴリズムでは野生動物と変わらないが、簡単な分、扱いやすいのだろう、あちこちに投入されたBiterは人の住めない地域を着実に増やしている。


「『噛みつく獣(Biter)』というよりもホント、『蟹(Cancer)』だよな、こいつら」


 Aporonを操るトワの足元には既に五体のBiterの残骸が転がっている。機動性と防御のバランスがとれたAporonは銃器こそ持たないが近接戦闘では抜群の強さを発揮する。巨大な爪も当たらなければ意味がない。Aporon本来の持つ機動性を十二分に発揮し、トワは次々とBiterを沈黙させていく。


 「アームドスーツの使い方を教えてほしい」


 そう言ったトワを、マカロワはILAMSの地下階層にある実験場に連れて行った。ILAMSの実験場にはAporonも含め各種アームドスーツのシミュレーターが用意されている。トワはその日から毎日十二時間以上、シミュレーターを操作し続けた。

 アームドスーツを乗りこなすには操縦方法を習得するだけでは不十分だ。アームドスーツの動き、特に加減速と交戦時の衝撃に耐えられるだけの肉体的な強さも必要になる。トワはマカロワが用意した、アスリートでさえ音を上げる肉体改造プログラムも黙々とこなした。「ソラを守る」という一つのことしか頭にないトワは、生来の器用さと相まってみるみるうちにアームドスーツの操作を習得した。最もベーシックな機体であるAporonはアームドスーツの操作を学習するにはうってつけだが、それでも習得には一年はかかる。しかしトワは二ヶ月で操作を習得し、自律型無人機械と戦えるまでになった。訓練はきつかったが、楽しくもあった。生まれてから何一つ目的も無く、成長を求める理由も無かったトワに、今では一つの目的が出来た。「ソラを守る」。シンプルで強固で、命をかけるに足る理由。トワにとってたった一つの存在理由。たった一つだが、それ一つでトワには十分だった。その目的のためならどんな苦労も辛くはない。


 最後のBiterの動きが止まったことを確認すると、トワはAporonのスラスタをふかして崩れかけた旧国道を疾走する。通りの両脇に建ち並ぶビル群は砲撃を受けて例外なく崩れかかり、どこにも人影はない。

 巨大な摩天楼—CHITOSEの影に入るここ東京駅前は一昔前までこの都市を象徴する場所だった。新宿や渋谷と違って洗練された街並みは、上流階級を代表する街として下層階級の憎しみの対象となり、テロリストたちの最有力攻撃対象となった。その結果がこれだ。

 トワが操るAporonは崩れかけたビルを横目に東京駅前に差し掛かる。レンガ造りの建物は崩壊し、建物のあちこちから木々が顔をのぞかせている。ロケット弾の直撃を受けた改札付近は特に損傷がひどく、中への道は完全に閉ざされている。雨水が貯まった地下から水が漏れ出て地面は常に湿り、周囲の地面は陥没して破壊しつくされた廃墟の様をさらしている。人の姿はどこにも見当たらない。

 目を移すと、爆弾テロにより上層階が吹き飛ばされた丸ビルが目に入り、さらにその向こうには摩天楼Esperanzaの威容が視界を阻む。『希望(Esperanza)』というのは摩天楼が建てられた当時は期待のこめられた言葉だったのだろうが、今となっては皮肉でしかない。戦地で見るべきは「今」だけだ。今の時代、曖昧なものに目を移すと人はすぐに死ぬ。


 東京駅の正面を駆け抜ける。アラーム音。見るとレーダーに二つの追尾ミサイルの影。携帯ミサイルの速度はAporonの速度を優に超える。

 一つ舌打ちするとトワは手近なビルに飛び込む。全高三・五メートルのAporonは戦車や自律型無人機ほどの火力はないが、小回りが効く。もともと人の補助を目的として作られているので、人の作業領域に入り込むことは容易だ。

 急な旋回に対応できず、一つのミサイルが建物の壁に突き刺さり轟音を上げる。爆風と砂塵がトワのAporonを包むがこの程度、問題ない。トワはそのままビルを突っ切ると裏通りに飛び出し、細い路地で素早く方向転換するとそのままビルの壁面に跳び上がる。

 目的を見失ったミサイルが路地のごみ溜めに突撃して爆発する。爆発の衝撃でAporonは五メートル近くも押し上げられ、慌てて壁面に爪を立てる。


『上達したな。かなりのものだ』


 ユウジの声に軽口を返す間もなく、レーダーがさらに三つの機影を捉える。敵は際限なく撃ち続ける気らしい。


「ちょっと俺もうムリ!」

『トワ!』

『問題ない』


 ソラの悲鳴とユーリの落ち着いた声が重なる。壁にぶら下がりながら空を見上げると、正面には祈りの塔。さらに遠くから白い煙を吐くミサイルの機影。その数は六つにまで増えている。明確な殺意の象徴にトワは怯える。自分に向けられる殺意にはいつになっても慣れない。慣れる日が来るのか、トワにはわからない。

 ガン、という鈍い音。

 次の瞬間、制御回路と信管を正確に撃ち抜かれたミサイルは爆発することなくひび割れた裏通りに落下し、勢いのまま滑り砂埃を立てて道の端に転がる。高値がつく金属片や回路を求めて、ぼろぼろの衣服を着た男たちが建物の中—おそらくアンダーグラウンド—から這い出し、ミサイルの周囲に群がる。六機のミサイルは瞬く間にガラクタと化し、下層民たちの収入源となる。

 神がかったユーリの腕前には言葉もない。知れば知るほど、同じ人間とは思えなくなってくる。


「ミサイルの発射地点は解析できたんだろ?奴らのアジトは特定できないのか?」


 塔の最上層。Aporonから降りたばかりのトワは、汗だくの身体を気にするでもなく泰然と座り込むと物言うぬいぐるみ、ジェスターに問いかける。


『ヴィルタールの観測から大手町付近の廃ビルを発射地点と特定。即座に警護用のドローンを送り込むも直後にビルが倒壊。警護用ドローン三機が大破、下層民二十五人が行方不明。生存は絶望的』


 ソラが顔を覆い、トワはうつむく。成果なし。こんな状況がもう何ヶ月も続いている。トワのアームドスーツ操作の腕前の向上は目覚ましいが、他に良いニュースはない。


「上層部から面白いネタがあるわ。今、摩天楼の上層で話題になっている男がいる」


 ビーチパラソルの下、丸テーブルの上に映し出されたのは一人の男の立体画像ホログラム。精悍さと知性を兼ね備えたその顔にトワは見覚えがあった。


「こいつ…」

「そう。ナギこと薙澤零司。本人」

「わかっているならなんで手をこまねいているんだよ。すべての元凶なんだろ?こいつを殺れば全て終わる。さっさとユーリに狙撃してもらうべきだ」

「あわてるな。摩天楼の上はそんなに簡単な世界じゃない。セキュリティは地上付近とは比べ物にならない。ユーリの弾丸もレーザー防御網は潜り抜けられないし、摩天楼の上層部から祈りの塔が敵対勢力とみなされればいかに国の施設といえどもここも厳しい立場に立たされる」

「この国の勢力関係をトワは知らないからねえ。摩天楼の上層部を占める既得権益層はこの国の王だよ?自分たちの視線より下に住む奴らなんて人間と認めてないんだ。しかしそこに入り込んでいるということはナギもそれなりの立ち位置を確保しているということだ。うかつに手を出せば窮地に立たされるのは我々だね」

「なぜ彼がそこに?いくら高い能力とカリスマ性を持っていたって、ナギは所詮は下層階級のテロリストにすぎない」

「彼のような人間を必要とする組織はいくらでもある。上層部の人間ほどそうだ」

「で、どうする?」


 トワの言葉に皆が黙る。


「一つ提案があるんだけど」


 その沈黙を破ったのは意外にもソラだった。

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