3-35 邂逅 — Come across

「これはこれは。想定外のお客様だ。よくここの場所が分かったな。ヴィルタールの再起動により軌道上からのIDタグ読み取りが可能になったことはわかっている。それに備えてヴィルタールの監視システムでもスキャンできないように、このトレーラーを導入したんだったが?」


 いまは廃れたかつての環状八号線、その首都高速湾岸線と接続する海沿いの地域は、かつて主流だった内燃機関式の車が捨てられて道を塞ぐ「車の墓場」だ。その幹線道路脇に停まったトレーラーのコンテナの中、柔らかいソファの上でナギは口の端に笑みを浮かべる。優雅な仕草一つに周囲の人間はうっとりとした笑みを浮かべるが、相対する少女は毅然とした表情を崩さない。


「スキャンできないからよ。軍用車両も含めて東京都内にある全車両のうち、この一台だけ明らかに異質。だとしたら怪しいって誰だって思う」

「怪しいってわかっていて、一人で来たのか?感心できないな」


 ソラの脇に立つ二人の男がソラに銃を突きつける。


「怪しいって、私たちにだけわかるように偽装したんでしょ?わかっているはずよ?そんなもの私には役に立たない」


 ソラが手を軽く振るい、瞬間的に自分の頭の中に浮かべた最悪のイメージを最大限に増幅して二人の脳内に投影する。ソラの脳内イメージに同調した男たちは突然現れた暗黒のイメージに耐えきれず、そのまま昏倒する。


「すばらしい…!ここまでとは」

「Zycosを引き揚げさせて。そしてこのまま捕まって。このままでは都内が戦場になる」

「断る。私たちは理想の実現に向けて邁進するだけだ」


 相手の心を強制的に自分の心に同調させるソラと、絶対的なカリスマで相手を自分の言葉に服従させるナギ。二人のひと言ひと言が銃弾のように相手の心をえぐる。二人の異能の目に見えない戦いに、トレーラーの内部の人間は頭を抑えて踞る。脳内の回路が焼き切れるような痛みに、クラインでさえも頭を抑える。


「ナギ、駄目だ!Zycosのエネルギーも切れかけだ!」

「黙れ!」


 ナギの言葉が抗いがたい魅力をもってコンテナの中を駆ける。クラインはダイニングテーブルのようなコンソールに突っ伏すとそのまま顔を両の手で覆う。

 ナギは凄まじい形相でソラを睨みつける。ソラはナギの射るような視線を受け止め、負けじとにらみ返す。まだ幼いソラの毅然とした態度に、コンテナの中のテロリストたちは心を動かされていく。

 —俺たちはなぜここに居る—?

 —俺たちのやろうとしていることは正しいのか—?

 ナギがトップに立って以来、自由の翼のメンバーがそんな疑念を感じたのは初めてのことだ。動揺はさざ波のようにその場の人間の心をかき乱す。


「うろたえるな」


 ナギの言葉がコンテナ内に響く。しかしその声も、いつもと違って聞こえる。ナギの額から汗が吹き出る。


「あなたの負けよ」

「さすがは上位互換、と言いたいところだが、これを見てもそう言えるか?」


 ナギは壁面に都内の様子を描き出す。二体のアームドスーツが激闘を繰り広げている。ZycosとXion。損傷が大きいのはZycosだが、劣勢なのはXionの方だ。損傷してもなお、Zycosの出力はXionを上回っている。


「トワ!どうして?ユーリが援護しているはず—」

「ユーリとは長い付き合いでね。彼女の弱点は把握している」


 画面が二つに分割され、その一つに苦しそうにうめき倒れ臥すユーリの姿が映し出される。蠅よりも小型のバグドローンからの映像。映し出されたのは半壊した祈りの塔の頂上。瓦礫に覆われた塔はいまにも倒壊しそうだ。


「漆黒紫水晶。ユーリの全身を構成する特殊癌細胞を制御するための特殊な放射線を発する唯一の存在。太陽光がこの鉱石を活性化させ、特殊な放射線を発生させる。人体には無害だが、彼女はこの放射線を浴びていないと三時間あまりで死に至る。祈りの塔にはこの鉱石がふんだんに用意されていたが、Zycosに破壊されたようだな。大気減衰の少ない、霧の晴れた今日のような日は、Zycosの光学兵器は十二分に威力を発揮する。そして金属の弾丸では光学兵器は防げない。つまり自ユーリは分の命と黒紫水晶の二つを、Zycosの光学兵器から守らなければならない訳だ」

「どうしてそんなことができるの?ユーリはあなたにとってかけがえの無い存在だったのでしょう?」

「昔のことだ。さあ、どうする」


 しばらくの逡巡の後、ソラは口を開く。


「—いいわ。あなたたちには手を出さない。だからZycosを引き上げさせて」

「妥当な判断だ。この付近一帯をヴィルタールの検索システムからシャットアウトさせろ。ヴィルタールのシステム状況のモニタリングはこちらでもできる。少しでもおかしな動きをしたら、カザミに辺り一帯を焦土にさせる」

「—三時間よ」

「ふざけるな、これだけの人数と設備が姿を消すんだぞ?半日は必要だ」

「妥協して倍の六時間。あなたたちなら可能な時間でしょ」

「八時間だ。それ以下では譲らない」

「—いいわ。その間にせいぜい逃げることね。八時間の後、私たちはあなたのことを地の果てまで追いつめ始めるわ」


 ソファに横たわる銀髪のナギに、ソラは全く引けを取らない。そのソラに、ナギは当たり前のように言葉を投げる。


「お前、俺たちの仲間にならないか?」


 意表をついたナギの言葉にソラを含めたその場の誰もが凍り付く。しかし一方で、誰もがその言葉に納得もする。ナギに加えてこの少女が味方につくなら、すべてがうまく行く。


「ふざけないで」

「ユーリへの義理立てか?それともあのガキへの愛情ってやつか?ユーリもガキもつれてくればいい。我々は志を同じにすれば、誰であろうと拒まない。そしてお前が望めば、二人の志をお前の意志と同調させることは容易いだろう?」

「ふざけないで!」


 ソラの言葉と憤怒の意志がナギの脳を直撃する。上位互換のソラの増幅された意志をまともに受けて、さすがのナギも膝をつく。

 ソラは激昂する。しかしそれと同時に動揺もしている。自身の能力を発揮し、ナギの能力と互角に渡り合うことで、ソラもまた相当に消耗している。


「ふざけてなんていないさ。お前は俺の上位互換だ。俺の意思を継ぐにはふさわしい。俺だけじゃない。いまの駆け引きで、この場にいる誰もがそれを実感した」

「私はテロリストになんてならない!私の親はお前に殺された!」

「俺が殺したんじゃない。俺はお前の親が国外に出たい、って言うから手を貸しただけだ」

「—!」

「お前の親が国外に出たいって思ったのはなぜだ?この国では満足に暮らしていけない、お前を満足に育てられないからだろ?この国がそんな風になっちまったのは誰のせいだ?」


 ナギはすっ、と指を上に向ける。


「摩天楼の上に住む奴らのせいだろ?」


 ソラは何も言わない。ナギの能力は自分には効いていない。しかしそれでもナギの言葉に聞き入ってしまう自分がいる。それは、ナギの言葉が道理に沿っていると、頭の片隅で認めているからだ。


「高度に組織化され、隅々まで富裕層に都合のいい仕組みが張り巡らされたこの国では、下層界の住人は真っ当な仕組みで摩天楼の上層部に上ることは不可能だ。だからこそ、俺たちのような人間が必要なんだ。幸いなことにこの数十年、技術とシステムは個人が何でもできるように進歩してきた。クラウドファウンディング、AI、ビッグデータ、サイバーロボティクス、ロボティックインダストリー。新たな技術と仕組みで、いまでは個人が、莫大な資金を調達することも、テクノロジーを進化させることも、軍隊を組織することも可能だ」


 ナギは芝居じみた仕草でソラに両手を広げる。


「来いよ。自由の翼は俺が作った。俺の組織だ。それを丸ごとお前にやる。好きに使えばいい。あんな空に飛び出した針みたいなお城の仲間たちよりも、好きなことが出来るぜ?お前の意思で、お前の思うことをなせよ。俺たちはそれに従う。お前ならできる。いや、お前にしか出来ない」


—私にしか出来ないこと。


 ナギの仲間たちがソラを見つめる。その視線の圧力にソラは後ずさる。ナギの言葉に戦き、同時に惹かれている自分に驚く。ユーリやトワやユウジたちと街を見下ろすだけで満ち足りていたはずだったのに、いつの間に自分はこんな大層なことを考えるようになったのだろう?


「来いよ、さあ」


 ナギが手を差し出す。熱を感じる手。その手を握ってしまったら、もう戻れない。それなのに手が伸びてしまう。


「そのくらいにしておいてくれないか?」


 乱暴にコンテナの扉が開かれたかと思うと、ソラはあっという間に男に抱きかかえられていた。

 自慢のスーツはひどく汚れ身体中が傷だらけ。身体のあちこちが深く損傷して、金属製の身体組織が見え隠れしている。それでもソラは見知ったその顔に安堵し、胸に顔を埋める。


「うちの姫をかどわかすなよ、色男」

「君か。てっきり死んだかと思ったよ」

「あいにく身体の頑丈さには自信があるんだ。そんなに簡単には死なない」

「最初から全て嘘だった、ってわけだな。我々の仲間になった振りをしたのは『幽霊』への牽制のためか」

「さあどうかな」

「いや、それだけではないな。—Zycosか。カザミを挑発したのもそれが理由だな?あいつの戦闘データは確かに『幽霊』と我々の戦闘に介入しなければ得ることは出来ない」

「いい勘している。さすがマカロワが認める男。次に会う時が楽しみだ」

「甘いぞ?次はないかもしれない」


 ナギの仲間たちが一斉に懐に手を入れる。しかしユウジは一瞬の動きでソラを抱えたままコンテナの外に消える。

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