3-34 復讐の男 ー A man of the revenge
「あと六人」
捨てられた古民家が密集する東京都内のスポットゴーストタウン。拳を振るい脇腹の黒衣を削り取ると、幽霊はびくりと痙攣し、そのまま動きを止める。両の拳を強化して攻撃に特化する一方で、防御の手薄となった黒い幽霊はユウジの一撃の前に倒れ臥す。
ヴィルタールの監視システムは正常に動作しているようだ。ナギのIDが埋め込まれたタグに呼び寄せられたのは黒い四人の幽霊。政府特務部隊の最精鋭四人なら、千人規模の暴動でも鎮圧できる。
間髪空けずに幽霊が襲い来る。光る剣を振り回す黒い鎧の幽霊。その姿は亡霊剣士だ。見覚えのある猿の面を被っているが速度はあの時と段違い。身体を癒すためにILAMSで細胞培養層に入っている時、マカロワとユーリが会話していた。前回の戦闘結果を分析して黒衣はさらに強化されると。
上等だ。どれだけ強化されようと、自分は負ける気はない。
ユウジは光る剣を紙一重でかわす。装着者の意志が即座に反映されて外装が変化する。超速度の剣撃にユウジは身をかわすので精一杯だ。光の剣はおそらく電磁ナイフと同じ原理。熟練の者が振るえばユウジの身体を構成する強化金属でも簡単に切り裂く。
「…!」
たまらず距離を取ったユウジの身体が今度は爆撃で吹き飛ばされる。見上げた先、廃ビルの屋上には多連装ロケットランチャーを背負ったもう一人の幽霊。三日月をバックに、人の手では持ち上げることさえ不可能な重火器を背負い、ユウジに照準を合わせる。こちらは月下の狙撃手といったところだ。
「にゃろう!」
爆撃の嵐をかいくぐりながらユウジは笑う。そうだ。この刹那こそが自分の生きる意味。この刹那の快楽しか、もう自分には残されていない。
煙が立ちこめ、地面がえぐれ、破裂した水道管から水が吹き出る。視界が遮られた一瞬を逃さず、剣を構えた亡霊剣士が切り掛かる。
その動きを予測していたユウジは、余裕を持ってかわすとすれ違い様に顎に拳の一撃を食らわす。動きの止まった幽霊の脇腹に蹴りを食らわせると、幽霊は古民家をいくつか吹き飛ばして動きを止める。
「やるな」
亡霊剣士を追いかけようとしたユウジの前にゆらりと新手の幽霊が立ちふさがる。黒い強化金属—黒衣をピタリと身体にまとったその姿には一分の隙もない。他の黒い幽霊とは明らかに違う。黒衣は完全に身体にフィットしており、その下の華奢だが鍛え抜かれた身体がはっきりとわかる。黒衣の肩の部分には昇竜の絵が小さく描かれている。竜。十二支の中で唯一の実在しない生物。
声を出す間もなく、怒濤の連撃が始まる。黒衣によって強化された拳は重く速い。連撃を捌き、隙をついて反撃、と考えていたユウジは自分の考えの甘さを思い知る。機関銃の斉射のような打撃の嵐にユウジはなす術も無くサンドバッグになる。
—なんだ、こいつは。
攻撃が続くに連れて打撃の速度が上がっていく。速い、というレベルではない。打撃に認識がついていけていない。オリジナルである自分をここまで凌駕する存在が現れたことに、ユウジは驚愕する。
「ぐ—」
拳がのどを直撃する。のどを潰され、うめき声さえ上げられない。一撃の重みもさることながら、豪雨のような連撃に反撃は愚か、身体を動かすことさえできない。
「あなたのように、外装甲ではなく、筋肉や骨格といった身体器官を強化金属に置き換えた人間は、強化金属の潜在的な能力を十二分に発揮させることが出来ます」
連撃のさなかのその声に、ユウジは驚愕する。息切れ一つない女の声。喫茶店で会話する調子でその黒い幽霊は続ける。
「しかし身体の一部となったことで、逆に『人の身体』という制約が設けられてしまいました。いかに強靭でも人の身体の一部である限り、人間の思考や反射の速度を超えることはできません」
顔面に強烈なストレートを食らい、ユウジは吹き飛ぶ。その直後、信じられない速度でユウジを追い越した幽霊は、吹き飛ばされたユウジの後頭部にカウンターの回し蹴りを放つ。ユウジは回転しながら廃ビルの壁を突き破り、アスファルトの地面に埋まる。
—なんだ今の動きは。
拳だけではない。その動き全てがユウジの反応速度を上回っている。
「人の限界、神経伝達速度を超えた速度には人の脳を持つあなたではついていけません。あなたは、自身の強さに、自身で制約を設けてしまった」
こいつは人ではないのか?立ち上がろうとしたユウジの足を幽霊は無言で踏みつける。
「これで終わりです。さようなら」
足を高々と振り上げた黒い幽霊は、しかしそのまま硬直する。
「あはは、そんななりで、よく大口叩けるよな、お前」
光学迷彩を解いて幽霊の足を掴んだアームドスーツが姿を現す。七色に輝き、曲面で構成された機体は掴んだ幽霊の足をそのまま振り回し、近接するビルの壁面に叩き付ける。
轟音と爆煙。激しく叩き付けられた幽霊はそのまま動きを止める。
「あんたのことを支援してやれってさ」
Zycosの全身が発光する。強いエネルギーがZycosの中心で渦巻いている。と、全身から七色の光が四方八方に向けてほとばしる。その強烈な熱に、光の周囲の物体は例外無く焼け焦げるか蒸発する。あまりの熱に、ユウジも身をよじる。
瞬く間に周囲は焦土と化す。いかに幽霊の強化装甲でも直撃を受けてはひとたまりもない。三体の幽霊は光学兵器の熱に耐えるだけで精一杯だ。
「感謝しろよ?あの洞窟でこの光をお前に使わなかったのは、私の気まぐれでしかないんだからな」
はったりだ。小型の核爆発にも匹敵するエネルギーを内部に蓄積するには、相応の時間が必要だ。おそらくあの戦闘の際にはそれだけのエネルギーは蓄積されていなかったのだろう。さもなければプライドの高いカザミがむざむざとZycosの腕を折らせるわけも無い。しかしそれでも、この殲滅能力は脅威だ。
Zycosは地面すれすれを滑るように動き、黒い幽霊の残骸を確認していく。重力制御かあるいは超電磁力を応用しているのだろう。いずれにしろ、無線給電システムの恩恵を最大限に受けていることは間違い無い。
Zycosが残骸の一体を持ち上げる。信じられない連撃でユウジを吹き飛ばした黒い幽霊は強化金属の外装甲がはがれ落ち、内部が露になっている。
「なんだよこいつ、ロボットか」
人の身体があるべきそこには、金属の骨格と駆動系。ハーネスの束が内蔵のようにうねっている。
『第九世代の自律無人兵器だ。膨大なータを分析してアルゴリズムを構築し、あらかじめ与えられた人の行動データから、次の行動を予測し行動に移している。予測されていた兵器だが、実用化されているとは知らなかった』
インカムからクラインの声が漏れ聞こえる。
「目で見て反応するんじゃなくて、あらかじめ行動を先読みして動いている訳か。だからあんな超人的な動きが出来るんだな」
『こいつは与えられた戦闘データの量に応じて強さが変わる。理論上、ある一定以上の量のデータが与えられた場合、人がこの兵器に勝つことは不可能だ』
「唯一の弱点が、予測してもかわすことの出来ない大出力兵器による制圧。ナギに聞いた気がするなあ」
Zycosはおもちゃを放り投げるように黒衣を纏ったロボットを投げ捨てると、別の幽霊へと向かう。
「お、こいつ生きているぞ」
強化金属の装甲を引きはがして現れた男の姿にカザミは嬉しそうな声を上げる。全身に傷を負っていて意識は無い。それでもZycosのセンサーはバイタルを検出している。
『強化金属がZycosの熱線を防いだんだろう。虫の息だがな』
「おもしろい。実験材料として遊べそうだな」
Zycosは男の身体を持ち上げる。
「止めろ。そいつはもう戦えない。幽霊は死んだ」
「あ?」
声とともに飛びかかったユウジをZycosは無造作に払いのける。ユウジは力なく地面に転がり、焼け焦げたデジタルサインの残骸に頭を打ち付けて動きを止める。
「力のない奴が偉そうにするな。選択できるのは実力のある奴だけだ」
『じゃあ、お前にもその権利は無いな』
インカムへ割り込んだ女の声。その声に動揺したのはカザミだけではない。ユウジの身体も電気が流れたように痙攣する。
「止めろ!」
ユウジの絶叫。同時にユウジを掴んでいたZycosの右腕が破裂する。瞬時に離脱するZycos。でたらめな軌道を描きながら猛スピードで路地を疾走し、光学迷彩を展開して幹線道路の橋脚の陰に滑り込む。
弾丸の軌道から予測される狙撃位置は—。コンクリート製の橋脚の陰でカザミはアイグラス越しにZycosの右腕の損傷状態を確認する。右腕の弱点部分である光学兵器の射出口にライフル用の鉄鋼弾が直撃。右腕内部の冷却系を撃ち抜き、高温上昇したエネルギーリザーバーが限界温度を突破して爆発している。弾丸の侵入角度と被弾時のZycosの姿勢から狙撃位置を計算。計算結果表示まで〇・二三八秒。アイグラスに映し出された表示にカザミは驚愕する。
祈りの塔の最上層。
—馬鹿な。
東京湾上にある祈りの塔は、ここからは二十キロメートル近く離れている。狙撃どころか標的を視認することさえ不可能な距離だ。
『弾丸の軌道から狙撃箇所を割り出し、射線の通らない経路を選択して対象への距離を縮める。Zycosの制御ユニットのバックアップがあるとはいえ、瞬時の判断、行動への遷移、ともに素晴らしい。だが—』
言葉が終わる前にZycosの右足が橋脚と共に吹き飛ぶ。吹き飛ばされた足をカザミは信じられない思いで見つめる。弾丸の軌道を確認すると、やはり祈りの塔の最上層。この距離であれば、どれだけ弾速が速くても着弾までに必ず数秒のラグは生じる。狙撃手はZycosが橋脚の陰に入る前に引き金を引いているとしか思えない。ユーリはカザミの動きを先読みして撃っているというのか。しかも、弾丸はコンクリートの橋脚を撃ち抜いた上で、Zycosの右足を吹き飛ばしている。貫通力も破壊力も、カザミが知っている狙撃銃の範疇を遥かに超えている。
「ふざけるな!最強は私だ!」
カザミは浮遊モードに切り替えて右足を失ったZycosの姿勢を立て直すと、装備された誘導弾を一瞬で撃ち尽くす。三十二機のミサイルは、祈りの塔の最上層を目掛けて襲いかかる。
時間稼ぎくらいにはなるはず—。
そう考えて橋脚から飛び出たカザミの思惑はまたもくじかれる。
ドン、という鈍い音ともに初弾が空中で巨大な花火と化す。瞬く間に残りのミサイルも全て空中で大きな花を咲かせる。
「駄目だろ?こんなところで誘導弾なんかぶっ放したら」
Zycosの頭上、幹線道路の上で身を起こしたのは重火器を構えた巨大なアームドスーツ。巨体にして頑健。一昔前のロボットアニメを思わせる無骨なスーツだ。
「Xion!!そんな機体まで持ち出しやがって!」
頭文字がX、Y、Zから始まる三機体は3Starsと呼ばれ、アームドスーツの中でも別格の性能を持つ。三機の中でもXionはその重厚な装甲と多様な武器装備で、圧倒的な火力を誇る。もちろん乗りこなすには相応の技術が必要だ。
「さっさと終わりなよ、あんた。遊ばれる側の気持ちって奴を、知ってみるがいい」
Xionを操るトワは、腰、肩、腕に装備した重火器の弾丸を容赦なくZycosに注ぎ込む。片手片足を失いながらもZycosは重力制御を駆使して高速で疾走し弾丸をかわす。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!上から見下ろしてんじゃねえよ、どいつもこいつも!」
Zycosは弾丸の雨をかわすと再びエネルギーを集積させる。金色に輝く機体。その身体の温度は数千度にも及びユーリの弾丸も届かない。
「くたばれ!」
Zycosの身体から光の雨が祈りの塔に向けて迸る。
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