4-3 臨界点 — Critical point

「クレイ・クライン、クレイ・クライン、クレイ・クライン—」


 だだっ広い都内某所の倉庫内、上機嫌なナギはガラス細工の小鳥を手に口ずさむ。電動車いすに座ったナギの腕は枯れ枝のように細く、銀色の髪は乱れてその眼には狂気が見え隠れする。しかしそのカリスマ性は衰えることなく、むしろ凄みが加わり帝王のごとき圧力を発している。

「ナギ、待って」

 カザミが車椅子で疾走するナギを追いかけ、笑いながら倉庫内を走り回る。自由の翼の面々が微動だにせず二人を見守る中、クラインだけがいつものように二桁はあるモニターの前でシステムの動作をチェックする。

「クレイ・クライン、クレイ・クライン、クレイ・クラインは籠の中!」

 ナギがガラスの小鳥を叩き割る。飛び散った破片がカザミの足をかすめ、細い血筋がふくらはぎを伝う。

「お前たち、クレイ・クラインを手伝ってやれよ!」

 呪縛から解かれた面々が機器の調整とシステムの稼動テストに移る。これで少しはクラインも楽になるだろう。

「カザミ?」

「私なら平気。今日はナギの調子もいいみたい」

 あの少女との邂逅以来、ナギは変わった。斜め上から世界を見下ろし自信たっぷりに皆を率いてきたリーダーの姿は消え、狂気と紙一重の危うさとはちきれそうな緊張感で皆に畏怖を与える帝王の姿が現れた。食事をろくに摂らずに痩せ細り、支離滅裂な言葉を口にしていたかと思うと突然、的を得たことを言う。顔色は悪く、死に一歩一歩近付いてるようにしか見えないのに、頭脳は冴え渡っている。

「ヴィルタールは?」

「何も変わらない。一機残らず健在だ」

「私のZycosで打ち落としてやる」

「さすがに衛星軌道は射程外だ。それにZycosも万全じゃない」

「じゃあ、まだ当分は穴倉暮らしね」

「そんなことはないぞ?ミス・カザミ!」


 電動車椅子を猛スピードでカザミの側に寄せてナギは叫ぶ。摩擦で悪路走行仕様のホイールから白煙が上がり、カザミは思わず口を押さえる。


「穴倉暮らしはもうすぐおしまいだ!我らのクレイ・クラインがすばらしいプレゼントを用意してくれている」


 ナギが倉庫の奥の暗がりに向けて手を振ると、照明が灯る。そこに現れたのは機械の大群。虫や動物、得体の知れない化け物のような姿をした物から人間と見分けがつかないものまで、整然と並べられている。あの廃村でカザミが指揮していた機械の百鬼夜行の十倍以上の規模だ。


「これは私があの廃村で使ってた奴よね?」

「あいつの発展形だ。自律行動用AIは格段に向上している。外見は同じだが中身は段違いだ」

「ボディは長野に拠点を持つ無人ラインでアミューズメント用として生産し、制御回路は上海に本拠を持つメガサプライやから汎用品を購入。組付けは我らが精鋭部隊が担当し、現場への輸送も無人のオートトラック。俺たちが全滅しても拠点が壊滅しない限り、こいつは投入されるのさ。命令も統率もなく動く軍隊!すばらしいぃぃ!」


 ナギは額を押さえて笑う。カザミとクラインは顔を見合わせ、クラインが軽く肩をすくめる。

 物と人を区別し、人と認識した対象にだけ弾丸を放つ無人兵器。核以上の脅威として国連決議で保有製造が禁止されてからしばらく経つが、テロの脅威は減ってはいない。自動的に人の補助をさせるための機械が自動的に人を傷つける機械にも成り得ることを人が知ったのは、欧州某国の首都の空を農薬散布用のドローンが農薬の代わりに生物兵器を撒き散らしながら飛行したことが発端だった。

 制御プログラムや搭載物をほんの少しいじるだけで既存のAI搭載製品が兵器となることを知ったテロリスト達の手により、自動運転の車は無差別に人を轢き殺す殺戮マシーンとなり、撮影用のドローンは弾丸を無差別に撒き散らす兵器となった。兵器拡散禁止条約の項目に追加されたことによりAIとドローンの使用には厳しい制限が設けられ、開発も正式に認可を受けた企業や機関だけの特権となった。しかしいつの時代も法律を守る人間ばかりが存在する訳ではない。


「ここの機械たちに搭載されているAIは俺がラボから持ち出したものをベースとしてクラインが改良に改良を加えたものだ。対人対アームドスーツ、どのような相手に対しても引けをとることはないぃぃ!」

「こいつを都市に放つの?わくわくするじゃない!」


 カザミとナギの会話に他の面々は困惑する。

 こんな兵器を都内に放ったら、犠牲者の数はとんでもない数に上る。

『俺たちの目的は自由の翼の力を、怒りを、大義を見せ付けることだ。いたずらに犠牲者の数を増やすことではない』

 かつてのナギの言葉だ。しかし今のナギには当時の面影はない。そしてそれが分かっていても自由の翼の面々はその言葉に従うしかない。彼のカリスマ性は、いささかも衰えていない。


「マーカス、トシヤ、手伝ってくれ」


 クラインが二人の助手に声をかける。金髪と黒髪の若者は適当なスペースに腰を下ろすとアイグラスと連動したイメージエディタを立ち上げて、機械の群れに埋め込む制御コードの作成を始める。二人はクラインが構築しているコードに一瞬、驚きを覚えたが、内容を瞬時に理解すると作業を始める。脳のイメージを瞬時に形に出来るクラインには到底及ばないが、それでも二人の助力は心強い。


「俺のクレイ・クライン。あいつらが都心を蹂躙できるようになるまでに必要な時間は?」

「計画どおり。あと一週間」

「計画どおりぃぃ?あと三日にしろよ。計画はいつでも柔軟であるべきだ。そうだろ?俺のクレイ・クライン」

「—わかった。三日でなんとかする」

「いい子だ。なあ?可愛い子猫ちゃん?」


 そう言ってナギはカザミの額にキスをする。あと三日。臨界点はすぐ近く。そしてその後の東京の街を思い描ける人間はそこにはいない。

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