3-17 祭り — Carnival

 トレーラーの荷台の司令部で、ナギはソファでゆったりと銀髪をかきあげながら新橋アンダーグラウンドに設置されたカメラの映像を見つめていた。


 摩天楼の建築資材を運搬する巨大トレーラーは東京都内でよく目にする車両の一つだ。CHITOSEを除く摩天楼は諸外国の管轄であり、その建築資材を運搬するトレーラーにもそれは適用される。トレーラーが諸外国の管轄である以上、その内部に日本国の法律は及ばない。ナギのトレーラーはもちろん本物ではなく、富裕層上層部の伝手で譲り受けたものだが、災いの種になりかねないトレーラーに好んで手を出すものはいない。警察権力も及ばない治外法権下のスイートルームでナギたち自由の翼は着々とプランを組み立てていく。


 ナギが見つめる映像の中心には一人の少女が映っている。暗く湿った地下街の、崩れかけた商店の脇。ぼろぼろの衣服を着た人々が横を通り過ぎていく。

 暗い地下街だがかろうじて彼女の容貌は確認できる。崩れかけの摩天楼で出会ってからそれほど経っていないのに、顔立ちが大人びてきている。少女の隣には黒ずくめの若い女。隙の無い佇まいだが、生気が全く感じられない。大きな楽器ケースを持った姿はどこか異様だ。人ではない何かに見える。

 —死神。

 自然とその言葉が浮かぶ。ナギはうっすらと口元に笑みを浮かべる。息災で何より。彼女とは長い付き合いだ。

 少女の身体は熱に浮かされているかのようにふらふらと揺れている。側を通り過ぎようとした若い男が少女に手を出し、黒ずくめの女に遮られる。何事か叫んでいたが、女が全く動じないのを見て、足早に立ち去る。 

 ふらふらと揺れていた身体が止まり、少女が頭を抱えてうずくまる。まるで何かに祈りを捧げるように、手を組んで前に出す。黒ずくめの女が守るように少女の前に立つ。

 行き交っていた人々の足が止まりだす。三十人ほどの人々の足が止まり、少女を中心に囲み、皆一様に両手を差し出す。少女と同じ姿勢。アンダーグラウンドの一画で繰り広げられる怪しげな儀式のような光景に人だかりができていく。何が起きているのかと足を止める者たちも、しばらくすると憑かれたように両手を少女に差し出す。

 そのままさらに数秒がすぎただろうか。両手を差し出していた一人の女が突如、頭を掻きむしりながら叫ぶ。女はそのまま両手を振り回し、遠巻きに見ていた男に殴り掛かる。不意をつかれた男は拳をまともに受け、顔を押さえてうずくまる。

 混乱は連鎖する。叫び声を上げながらのたうち回る者、誰彼構わず暴力を振るう者、意識を失い倒れる者。両手を差し出していた通行人はみな自我を失い、騒ぎは広がっていく。道ばたのテーブルは叩き割られ、火の手が上がる。アームドスーツを身につけた警察官が鉄パイプを振り回す男を取り押さえている。気がつくと騒ぎの中心にいた少女と黒ずくめの女の姿はどこにもない。


「ちんけなショーだね。私だったらもっと盛り上げられる」


 3Sことカザミがサディスティックな笑みを浮かべる。


「このショーの目的は殺戮ではない。あの少女の能力を測る実験だ」

「実験は好きよ」

「実験は失敗だろ?あいつ、自分の能力を全く制御できていなかった」


 巨漢のクラインがごつい指で巻き戻された映像の中心、うずくまった少女を示す。


「失敗かもしれない。しかし少なくとも以前より能力が向上していることは確認できる」


 痩身、眼鏡の中年の男、ワタナベがつまらなそうに意見を述べる。この国の代表的な名字の一つ、”ワタナベ”を名乗るこの男の本名は誰も知らない。額に皺の入ったその哲学者のような風貌からは誰も彼が爆破のプロだとは思わないだろう。相手の心理を読み、行動を先読みして対象を爆破トラップにかけていくその腕前は神業だ。「一般的な名前を名乗る事で自分がこの国の民の代表であることを示している」というのが狂った爆弾魔の言い分だ。確かに容貌はどこにでもいるくたびれた中年サラリーマンそのものだ。


「小娘のくせに俺に匹敵する力を見せるとは面白い」


 ナギは心底楽しそうに笑う。


「どうする?殺す?」


 カザミの言葉に部屋の温度がすっと下がる。


「バカを言え。あんな面白い奴を殺してどうするんだ。どこまで行くか、見物だぞ?」

「ナギを超えたりして」

「かもしれない。可能性の片鱗はある」


 ナギは笑ってカザミの言葉をやり過ごすが、部屋の温度がさらに下がる。


「ナギ、でもどうするんだ?この先は—」

「わかっている。そろそろ頃合いだ。データセンターの破壊により俺たちは社会から消えた人間になった。欧米連合の上層部とも渡りがついて、そこから世界中の、今の世界に不満を持つ連中とネットワークを築けた。キッズボマーの拠点を潰されるなど想定外のこともあったが—」


 カザミがにやりとサディステッィクに笑う。失敗は取り返す、という意思表示。ナギはそのカザミの笑顔に微笑で応える。


「Zycosの調子はいいようだし、組織の統制も十分にとれいている。まあ一部問題も残っているが」


 そう言ってナギは一枚の写真を取り出す。


「ワタナベ、頼まれてくれるか?」


 差し出された写真を一瞥すると、興味なさそうな顔をしてすぐにナギに返す。


「私でいいのか?そこの殺人狂の方が適任だと思うが」


 親指で示されたカザミは気にすることもなく、ソファに横になって一昔前の携帯ゲーム機に集中する。


「今の段階でアームドスーツによる真っ向勝負は避けたいんだ。ドンパチは祭りのフィナーレまで取っておきたい。念のため、保険もかけておく」

「・・・了解した」


 ワタナベは立ち上がるとそのまま部屋を出て行く。くたびれたワイシャツにネクタイ。これといって特徴のない容姿は群集に紛れ込むのに最適だ。


「お前たちは準備に取り掛かれ。祭りはもうすぐだ」


 ナギの言葉にその場の全員が高揚する。そう、祭りはもうすぐだ。

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