3-19 変革 — (R)Evolution
「ねえ、ユーリは悲しくないの?」
ユーリの膝の上に頭を乗せ、ソラは機嫌がいい。新橋アンダーグラウンドでの実験の後、ソラとユーリは二人、祈りの塔の屋上に引きこもっている。精密検査を何度か受けた。結果は知らされていないが、マカロワの機嫌がいいから、きっと良好なのだろう。
「なにがだ?」
「とぼけちゃって。ユウジのこと、わかっているんでしょ?」
「新しい女のことか?なぜ私が悲しむんだ?」
祈りの塔の最上層には今日も柔らかな陽光が差し込む。スモッグに覆われた下界では浴びることのできない光にソラは目を細める。視線より上には青空しかない。贅沢な眺めとユーリの近くにいられる幸せにソラは眼を閉じる。
「つきあってたんじゃないの?」
ふいに飛び出したソラの言葉にユーリはぽかんとした表情を浮かべると、くっくっくっと笑い出す。
「なによ」
「そんなんじゃない。本当に、お前くらいの年頃はなんでも恋愛に結び付けるんだな」
「馬鹿にして」
むくれるソラにユーリは我慢できないとばかりにお腹を押さえて笑う。
「でも二人の間には強い絆を感じたわ。好き合っているのだとばかり思っていた」
「絆にもいろいろな形があるさ、恋愛だけじゃない。感じ取れないのか?お前の能力もまだまだだな」
「私の能力はそんな感情の機微までは読み取れないのよ」
ソラはユーリの膝の上でふくれたまま空を見上げる。あまりにも深い空の色に、ソラの機嫌はたちどころによくなる。
「初めて会ったとき、あいつは全身をチューブに繋がれて、ベッドの上で寝ていた」
途端にソラの心に白い病室が広がる。ユーリの心象風景だ。ソラにイメージしやすいようにユーリは敢えて強く思い浮かべているのだろう。普段は透明なユーリの心の中に現れたのはベッドの上に寝たきりの子供。ソラやトワよりも幼いその子は、透き通るような肌と全てを諦めた瞳を持っていた。
「私が手を差し伸べるとあいつは私の手に合わせて瞳を動かしたんだ。その瞳の動きで分かったんだ。ああ、この子は生きたがっているんだ、って」
「それで手術をしたのね。私と同じように」
「ああ」
「ユウジがいなくなって寂しい?」
「まさか」
「ユーリ、一人になっちゃう」
「お前やマカロワ、トワがいる」
「だけど、ユウジとはずっと組んできたんでしょ?」
「そうだが…。人間は生まれる時も死ぬ時も一人だ」
ユーリの言葉にソラは少しだけ悲しい顔をして笑う。
「そうね」
ソラの答えに黒ずくめの狙撃手もわずかに笑う。まだ人生が始まったばかりのソラと、人の一生以上の時を生きているユーリでは孤独の意味合いが全く違う。ソラはユーリの心象風景からそれを読み取る。
—この人は木だ。
死神。女豹。ユーリは様々な名前で呼ばれるが、自分には大樹と言う言葉がしっくりくる。しっかりと根を下ろした大木。言葉は発しないが寄り添う者を包み込み、癒しと安らぎを与える。ソラにはわかる。これがこの人の本質だ。
白衣を着たマカロワが物憂げに現れる。おそらく彼女は昨日も徹夜だ。
「姫、気分はどうだ?アンダーグラウンドでの結果がまとまった。素晴らしいの一言だよ」
「最高。自分の感情を他人に転写するって素晴らしい体験ね。みんなが私の思いを心の深いところで聞いてくれる。本当にみんなが私の友達になったみたい」
新橋アンダーグラウンドでの暴動では三十人近い人間が重傷を負った。死者が一人も出なかったのはナイフや銃といった致命傷を与える道具がたまたまそこになかったからに過ぎない。
「大脳辺縁系の動きを感覚として読み取れるのであれば、逆に介入することもできると考えるのが自然だ。数年はかかると思ったが、こんなに簡単にものにするとはな」
「私が、死にかけたことと関係するのかもしれない」
あの暗い海の中で意識した自分の死。縋り付いたユーリの体温。この世界から落ちかけたソラにはわかる。この世界に外側というものがあるとすれば、そこから見ればこの世界の出来事は全てが容易い。箱庭の人形を動かすように不可能を可能にできる。神とは、そういう存在かもしれない、とソラは漠然と感じる。
「私、絶対にこの能力を使いこなせるようにする。この能力って、この世界を変える鍵になるような気がするの」
遥か高みから世界を見下ろす視点。それこそがソラが手に入れた力の本質なのかもしれない。
マカロワは感じる。変革の時が迫っている。それはこの少女と、黒ずくめの女が核になって引き起こされるに違いない。
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