3-9 パートナー — A new partner

 東京の端、世田谷区の河川敷でユウジは空を見上げていた。

 視界の先にはいくつもの摩天楼が連なる。半壊の”Freedom”に、南海のリゾートアイランドを模して建設された”Blue Island”。”Skygarden”はトワを拾った場所。あれからまだ半年も経っていない。なのにトワはもう一人前のアームドスーツ乗りだ。


「おもしろくないねぇ」


 ダークグレーのスーツに身を包んだユウジはくるくると杖を振り回す。いつもの白いスーツはここでは目立ちすぎる。夕暮れ時。街のあちこちで光が灯り始める。星をも超える煌めきを見せるのは摩天楼”Freedom”。上層部の人間は派手好きだ。自分たちの住居が半壊しても、祭りは止めない。きっと今もあちこちの通りや邸宅でパーティーが繰り広げられているのだろう。目を下に移すと河川敷のあちこちに炎が灯り、煙が筋となって天に上り始める。ぼろぼろの身なりをした男女がユウジを物珍しそうに見つめながら通り過ぎる。誰も声はかけない。仕立てのいいスーツを着る者は下層界にはいない。上層部の人間と関わるとろくな事にならないことはと誰もが知っている。


「おもしろくない」


 もう一つ杖を振り回してユウジはどすんと腰を下ろす。自分の身体の秘密は売られてしまった。世界で一人という誇りは失われ、誰かの代替品となった自分。病に冒され、満足に五体を動かすことのできなかった時でさえ失う事のなかった孤独と誇り。それを失って自分はどのように生きていけばいいのか。


「冴えない顔しているじゃないか」

 

 気がつくとユウジの隣に紅色の髪をした女が立っていた。凛とした顔つきはFreedomでの激闘の時と変わらない。しかしその表情にあの時の昂揚はない。


「自由の翼の一員がこんなところで何してる?俺が当局に通報すればお前はすぐに逮捕されるぞ」

「あんたと話してみたいと思ったんだ」

「俺と?」

「あのFreedomでの戦いの時、あんたは私と同じだと思った。刹那を生きている、今というこの瞬間に楽しみを見いだしている、って。あんた、人の能力を超えたEX-Humanなんだろう?その力を使えばいくらでも人生を楽しめるだろうに、なぜ刹那的な生き方を楽しむ?」


 ユウジはきょとんとした顔でレイカを見ると、唐突に笑い出す。


「なにがおかしい?」

「そんなことを聞くためにわざわざ俺を探してきたのか?」

「私には重要なことだ」


 腕を組み、憮然とした表情のままのレイカに、ユウジは口を開く。


「俺は生まれつき、身体を自由に動かすことができなかった。今の俺はEX-Human計画の結果としてこんな身体を手に入れたが、心はあの時と変わらない。いつ死んでもおかしくない、そう思いながら毎日を生きている。だから刹那的に感じるんだろうな」


 レイカはじっとユウジを見つめたまま、口を開く。


「あんた、嘘をついているね」

「嘘?嘘なんてついてないさ。本当のことだ」

「だとしたら自分でも自分の嘘に気付いていないんだろう。あんたとの戦いで確かにあんたはあの刹那を楽しんでいた。でも捨て鉢にはなっていない。死んでもいいなんて感情は微塵も感じなかった。そこにあったのはこの瞬間をもっと楽しみたい、っていう欲望だけだ」


 今度はユウジがレイカを憮然とした表情で見つめる。


「あんたはきっと、誰よりも生きたい、この生を楽しみたい、って思っている。楽しく生きるっていうのは果てしなく続く『今』を全力で楽しむ、ってことだからな」

「俺が生きることを楽しんでいる?」


 ユウジにはレイカの指摘があたっているのか間違っているのか、わからなかった。ただなんとなくわかるのは、目の前のこの女も自分と同じように世の中に不満を持ち、刹那に楽しみを見いだしたい、と感じているということだ。


「あんた、俺のパートナーにならないか?」


 ユウジは自分でも驚くほどすんなりとその言葉を口にしていた。


「パートナー?あんたと私は敵味方。生死をかけて戦ったばかりだ」

「生きるってのは今を全力で楽しむ、ってことなんだろう?だとしたら、あんたとパートナーになる、っていうのは俺にとっては生きるってことに等しい」


レイカは咄嗟に俯き、赤らんだ顔を隠す。愛の告白をしているに等しいのに、この男は気付いていないのだろうか。気分を落ち着かせてから顔を上げると、そこには柔らかい微笑を浮かべた男の顔があった。


—へえ。


 思わず見ほれる微笑。


—悪くないじゃないか。


 ナギの自信に満ちた笑顔とは違う、柔らかく裏表の無い、壊れ物のような笑顔がそこにあった。レイカはその危うく儚い笑顔を見て、ユウジの本質を悟った。

 この男は、その能力故にいろいろな人に誤解されながら生きている。でも生きるっていうことはそういうことだということ、誰かを真に理解することなど誰にもできないのだということを知らない。だから他人を理解することも他人から理解されることも諦め、偽りの笑顔を貼り付けて生きている。

 哀れみ、というのとは違う。仲間意識、というのとも少し違う。気になった、というのが一番近いかもしれない。

 この男がどうなるのか、この先どうなっていくのか知りたい、そしてできれば自分が寄り添いたい—。


「いいよ。あんたと一緒にいてやるよ」


 意外なほど簡単にレイカは答えていた。そのひと言が自分の人生を変える。そんなことわかっている。でも拒否する、という選択肢は思いもつかなかった。

 驚くユウジの腰に手を回すと、レイカは凛とした表情のままユウジの肩に頭を乗せた。

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