3-10 十二人の幽霊 — Dozen ghosts
『祈りの塔を襲撃したのはナギの支持者で構成された襲撃部隊。四十人からなる部隊が正規部隊に紛れ込んでいた』
「紛れ込むってどういうこと?統率がなっていないんじゃないの?」
ジェスターの報告に、トワは腹立たしげに吐き捨てる。ソラはトワと離れた位置、ユーリの隣で床にぺたんと座り込んでいる。薬のおかげで今は幻覚を見ることはない。紛れ込んだ蝶を相手に手を動かす仕草は年頃の少女のそれと変わらず、トワは気づかれないようにその指先を見つめる。
『部隊名、隊服、銃器、識別コード、作戦指示書まで全てダミーが用意されていた。内通者がいたことは確実。軍は総力を挙げて内通者の洗い出しを行っているが、一昔前の情報万能の時代ならともかく、軍の一般回線はメビウスの影響で使い物にならない。統率うんぬん以前の話。隣の人間の素性すらわからないのが実情だ』
「軍もハッキングAIを中和できるでしょ?」
『ワクチンプログラムの作成者、入手経路、処方者、そのすべてを信頼できれば、という話だ。どこかにテロの支持者が絡んでいる可能性もゼロではない。軍は摩天楼の住人からクリーンなワクチンを入手しようとしているが、それだって時間と金がかかる』
「ひどい話」
『軍は今、自律AIを主体にした機械化部隊へ編成を転換しようとしている。外部との回線を切ってしまえば、ハッキングAIも問題ないからな。時間も金もかかるから一朝一夕にはいかない。まだまだ時間はかかりそうだがな』
「人より機械の方が信頼できるってか?嫌な時代だな、まったく」
「機械万能。人間なんてもうこの世界にいらないのかもね」
ソラの投げ捨てるような言葉は誰もが薄々と感じていることだ。
「四十人の襲撃者は何を考えてこの塔を襲撃したんだろうな」
ユウジがぽつりと言う。その言葉はどこか物憂げで、いつもの陽気さは影を潜めている。
「俺たちのことは知っていただろう?四十人足らずで襲撃なんて自殺行為だ。アームドスーツも持っていなかった」
普段のユウジからは考えにくいセンチメンタリズムに溢れた言葉。
『ナギの能力が影響していたとはいえ、心の奥に感じるものがなければ命を懸けることはできない』
「そこまで俺たちを憎んでいた、ってことか?」
「何かを変えたかったんだよ、きっと」
ソラの言葉はいちいち響く。ユウジはしかめっ面をする。
『襲撃者のIDタグを照合したところ、下層界の人間ばかりだ。理不尽な理由で家族を失ったものも多い』
トワは下界を見下ろす。人工島のあちこちに焼け焦げた跡があり、その周囲で復旧作業にあたっている作業員がゴマ粒のように見える。海の向こうには灰色に煙る東京の街並みと雄大な摩天楼。
トワはちらりとソラを見つめる。透けるような肌のソラは、ユーリと談笑している。自分にとって、祖国とこの国とどちらにいた方が幸せだったか。問うまでもない質問だが少しだけ自身をなくしている自分がいる。
マカロワがいつものように煙草を咥えながら現れる。
「聞け。米軍上層部からの情報だ」
前置きしてマカロワが話し出したのはユウジの身体情報をもとに開発される特殊部隊の状況だった。
「ユージン・ガエリウスの身体組織データを基礎とした特殊戦闘部隊の開発は予定通りに進捗中。あと数日で実戦投入可能。その規模一ダース」
「もう実戦投入可能なのか?情報提供から二週間足らずだぞ」
「身体骨格全てを強化材料に置き換えるためには、ユウジのように幼少期に置換手術を施し、成長とともに何度も処置を続けなければならない。莫大な費用と期間がかかるからだろうな、今回は身体骨格ではなく、身体外部に強化材料を施す形式としたらしい。これなら数週間で適用可能だ」
「ようするに強化材料で作られた鎧を纏わせた、ってことだろ?それじゃアームドスーツと変わらない」
「アームドスーツはあくまで機械だ。脳神経系のインターフェースは一部に限られているから操縦スキルが必要だ。しかし今回開発された「鎧」は装着者の脳神経系とダイレクトに繋ぐ事で自分の身体の一部として動かす事が出来る。そう言う意味では自身の肉体と変わらない運用が可能だそうだ」
「つまり、見た目は違うが俺のスペアがいるってことか」
ユウジは笑顔を貼りつけたままつぶやく。
「何言ってるんだ?お前のスペアなんているはずないだろ?」
ユーリがポンとユウジの肩を叩く。あっけにとられた顔をしたユウジを、トワは初めて見た。ソラは気のせいかいつも以上に嬉しそうな顔をしている。
「部隊の名前は『十二人の幽霊』」
「なんだそりゃ?」
「選抜された十二人はIDタグが抹消されている。つまり戸籍も過去データも持たない。過去も存在も消されたからこその『幽霊』さ」
「大丈夫なんだよな?また敵に回ったりしたら最悪だぞ」
「全員がクリーンで日本政府に忠誠を誓っていた。強固な意志も持っている。問題ない」
「日本政府へ忠誠?欧米人じゃないのか?この塔の存続と引き換えにデータを手にしたのは欧米諸国だろ?」
「選ばれたのは皆、警察や自衛隊などこの国の人間さ。知らないのか?テロとの戦いで血を流すのはこの国の人間って決まっているんだ。いつの時代も利口な者は高いところから手を動かさずに口だけ出して成り行きを見守るんだ」
「おもしろくないな」
それだけ言うと、ユウジは首をぱきぱきとならして塔を降りていく。その後ろ姿には誰も声をかけない。
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