4-11 チェックメイト — Checkmate

 落ち着け、というナギの絶叫からほどなくしてZycosとの通信が途絶えた。

 ナギは呼吸を整えるとユウジとソラを見上げる。威厳を保つために余裕の表情を保とうとするが、分の悪さは歴然だ。トレーラーはかろうじて路肩に停まり、裂けた天井から青空が見える。青い空を見たのはいつ以来だろう。


「我々を殺す?殺してお前たちに何の得がある?」


 弱々しい言葉に我れながら腹が立つ。カリスマで組織を率いてきた男の言葉とは思えない。


「ぐ…!」


 ソラが一睨みしただけでナギの背後でクラインが膝から崩れ落ちる。自律型無人機の応援要請コードを打とうとしたその手は凍ったように動かない。

 格が違う。

 畏怖とそれ以上の驚嘆でナギはソラを見つめる。カリスマ性で他人を導き行動に移させるナギと違い、ソラは脳に直接介入することで他人を完璧に操ることができる。それは人類の到達点。神にも等しい能力だ。


「こうしている今も、この都市のあちこちで暴動が起き、何人もの人間が傷つき命を落としている。あなたたちが市民に紛れ込ませた自律型無人機械が銃弾を撒き散らしているからよ」


 滔々とソラは語りだす。言葉だけでその場の全員の動きが封じられる。


「なんでそんなことができるの?何があなたたちをそうさせるの?こんなことして何の意味があるのっ!」


 ソラの言葉とともにナギの心に大きな黒い塊が現れる。罪悪感と言う名のそれは、ナギが初めて知る感覚だった。自我を飲み込もうとするその黒い塊をナギはかろうじて押し返すが、心の弱い者たちはあっという間にその黒い塊に心を飲み込まれ、膝をつき涙を流し出す。


「素晴らしい…!!」


 ソラへの賛辞の言葉を贈ったナギの隣で、男がこめかみに銃口を押し当てて引き金を引く。精神を汚染された者たちは自我を失い、自分たちの罪に飲み込まれて次々に自ら命を絶っていく。


「なぜ、なぜ、その力を使わない?それだけの力があれば、世界を変えられる。なのになぜ我々のような小さな者たちを殺すことに使う?お前のその力はこんな小さなことに使うものではない!お前なら、お前なら歴史の変わる瞬間を、変革の最前線を見ることができるというのに!!」


 以前のナギの言葉なら誰もが耳を傾けただろう。その言葉は簡潔で明晰で、その声音は誰もの心を惹き付けた。しかし今のナギの言葉にかつてのカリスマ性はない。そこにあるのは弱き者の嘆きと叫び。戦場では真っ先に黙殺されるもの。


「チェックメイト、だな?王様」


 横倒しになった車椅子から這って逃れようとするナギの目の前にユウジが降り立つ。顔には笑顔。しかしその内側には怒りに満ちている。


「レイカの復讐か?Zycosも仕留めたし思いの通りだな、優男」

「彼女はあんたのことを尊敬していた。自由の翼を抜けた後もあんたへの尊敬の念は変わらなかった。そんな彼女を殺したあんたへ復讐したい気持ちは十分すぎるほどにある。でもそれでは俺の気は治まっても何も解決しない」

「私を捕らえる気か?何も話さないぞ?」

「構わないさ。お姫様の前ではあんたでも無力だ」


 ユウジの言葉にソラがナギを一瞥する。残忍な表情に慄然とする。かつて海沿いの倉庫で父親と泣いていた少女と同じ人物とは思えない。


「さっさと殺せ。私が死ねば奥の手が発動される。東京は壊滅だ。その姿を見ることが出来ないのは残念だが、仕方が無い」

「断る。自由の翼がこんな少ない人数でこれだけ大規模な計画を実現できるはずが無い。資金源やあちこちにいる情報源、シンパについて全て話してもらうぞ。覚悟しておけ」


 ユウジがナギの肩に手をかける。


「殺せ!」


 絶叫。ナギの声に力が戻る。その声はかつてのナギの声だ。組織の皆を魅了し、導いたあの声。その声に導かれ、意に反してユウジの腕がステッキを振りかぶる。

『—だめ』

 ソラの声に銃声が重なる。すんでのところでユウジは腕を押さえる。しかしナギの眉間に穴が開き、鮮血が散る。ナギのすぐ脇で、クラインが這いつくばったまま銃を手にしている。


「残念だったな、もう少しで歴史の目撃者になれたはずなのに。続きは遠くから見させてもらう」


 クラインはそう言って笑い、自分のこめかみに銃口を押し当てて引き金を引く。

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