4-20 永遠を生きる女 — A woman with eternal life
—無茶苦茶言いやがって。
そう思いながらもユーリは半壊した祈りの塔で一人安堵の笑みを浮かべる。言っていることは無茶苦茶だがその声音には落ち着きと決意が感じられた。いつものマカロワだ。だとしたらその決意にも根拠と自信があるに違いない。無茶は言っているが、無理は言っていない。おそらくあの星を撃ち落とせば全てが片付くのだろう。
ユーリはレイヴンを天上に向けて構える。弾丸にはゼノニウム合金を芯に炭化ケイ素をベースとした耐熱・耐酸化コーティングを施した特殊弾丸。ずっしりとした重みを感じる。作られてから一度も実戦で使ったことの無い弾丸だがこの弾丸なら星でも落せる。そうマカロワは言っていた。
「ユーリ、時間がない。低軌道上を周回するヴィルタールは、おそらくあと二分ほどで視界から消えるぞ。それまでに撃ち落とさなければ全てが終わる」
「了解」
明るく輝く星が天頂を越えていく。ヴィルタールが何なのか、あの星が何を乗せているのか、ユーリに興味は無い。いつもと変わらない。命令であり、任務であるなら、それをやり遂げるだけ。
レイヴンを構える。天上の光に銃口を向け、弾丸を装填し、スコープの先に輝く星に意識を集中させる。たちまちユーリの目から紫色の光が迸る。その光と呼応するようにレイヴンの漆黒の銃身に赤い筋が走る。ユーリの神経系統とレイヴンが同調し、その出力を上げていく。レイヴンの性能には理論上、限界はない。ユーリの能力が行き着く先までレイヴンも行き着くことが出来る。死神と運命をともにする漆黒のワタリガラス。理論的には星々を砕くことさえ可能な死神の鎌。
ドン。
空気を震わせる轟音と共に放たれた弾丸は、天上を渡る巨大な星を追いかけて空を駆ける。高度三百キロの上空に位置するヴィルタールシステムの主衛星は地平の彼方に消え去ろうとしている。その主衛星に一筋の光が吸い込まれていく。直後に主衛星がひときわ大きく明滅し、暗転。主衛星に連なる衛星群も漆黒の宇宙に溶けるようにその光を落していく。
『ヴィルタールシステム主衛星の沈黙を確認』
インカムからジェスターの澄ました機械音声。
「—さすがだな。断言できる。紛れもなくお前こそ人類の到達点、その一つの形だ」
続いてマカロワの、何度となく聞いた声。声のトーンがいつもよりわずかに高い。マカロワでさえ驚嘆することがあるのだ、とユーリは少しだけ驚く。
—そんなふうに褒められても嬉しくなんてない。
そう言おうと思ったが言葉にならない。代わりに口から溢れ出たのは血の泡。状況を確認するために身体を起こそうとするが、身体は全く動かない。いや、そもそも身体の動かし方さえわからない。視界には広がる夕空と、満点の星々。吹き付ける風と砂塵、白煙を上げて熱く焼けたレイヴン。視界を下に移すと腰から下が消え失せ、左腕も肘から先がちぎれている。引き金を引く右腕が無傷なのが奇跡だ。
—当然か。
高度三百キロの衛星を落とす弾丸を撃ち出したんだ。ミサイルあるいはロケットを撃ち出したに等しい。当然、弾丸発射時の衝撃は凄まじく、人の身体がその衝撃に耐えられるはずも無い。またいつものように身体は修復するのだろうか。しかしユーリは、その望みは薄いと知る。祈りの塔はユーリがさっきまでいた箇所で完全にへし折れ、遥か遠くで先端は海に突っ込んでいる。そしてへし折れた箇所から、祈りの塔の内壁に使われていた黒紫水晶の欠片が海へとこぼれ落ちている。黒紫水晶がなければユーリの身体はこのまま動かなくなるか、あるいは暴走する体細胞に飲み込まれるしかない。どちらにしろ息絶えることになる。
—頃合いだな。
ユーリは夕空を見上げる。蘇る過去なんて無い。思い出す遠い記憶も無い。ただただ長く生き、多くを破壊し、殺めてきた。だけど後悔も、心残りも無い。ただ、これだけは言える。自分は十分に生きた。
—なんて幸せなんだ。
暮れていく空には星が瞬き始めている。日本で最も高い人工物の頂上から見る星空は絶景だ。自分はこの星空が好きで、何より塔の上から見る東京の街並が好きだった。
—生まれ変わっても、あの星空と、この街を見ていたいな。
ユーリの脳裏に、ユウジと、トワと、ソラと眺めた星々と街の光の記憶が蘇る。
—ああ、あの頃は楽しかった。
そう思い、口の端に微笑を湛えながら、ユーリの意識は急激に途絶えていく。
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