1-7 内通者 ー Betrayer
情報統制局一課長である天谷は答弁の場に立つと、宣誓し議場を見渡した。アイグラスにはその場の者の名前と役職が映し出される。この国の中枢を担う面々が揃っているが、国民のことを真摯に考えている者は一人もいない。興味があるのは自分が手にしている既得権益をどのように保持するか、波風立てずに次の選挙をどう勝ち抜くか、そんなことばかりだ。
「天谷康介情報統制局一課長。君には重大犯罪の嫌疑がかけられている」
かつては切れ者で知られていた議長が語りかける。国内外、多くの企業に骨抜きにされ、今ではその肩書きの仕事よりも企業への情報リークで稼ぐ金の方が多いと聞く。
「ここは司法の場ではないが?」
「発言次第で君の居場所は司法の場となる。気を付けることだ」
今の不適切発言はマスメディアに政府から導入が義務づけられているAIよって自動的にカットされて配信される。三権分立なんて過去の話。結局は権力のあるものが強い。そして犯罪を犯した自分は最弱者だ。
「テックジェン社データサービスセンターがアームドスーツを装着した暴漢に強襲され、設備の管理員に八名の犠牲者が出た。その手引きをしたのは君で間違いないか」
「間違いありません」
ためらいのない発言におお、と議場がどよめく。
「手引きした理由は」
「正義のため」
「八人もの命が奪われているのに正義か。話にならない」
「この国の人口の九割、八千万人のためだ」
「下層民のことを言っているのだとすれば的外れだ。福祉も保障も行き渡っているし不満の声もない。彼らは幸せだ」
「福祉も保証も全く足りていない。自殺者は後を絶たないし不満の声を上げれば即座に弾圧される。生まれてすぐの遺伝子検査で死ぬまでの運命が決められ、IDタグによって日常を管理されるなんて不公平極まりない」
「その遺伝子検査の結果、トップエリートと認められた君がこんな事件を起こすとはな。このような悪例が出るようでは遺伝子検査の基準は見直しが必要だ。遺伝病理学センターは明日から多忙な日々を送ることになるだろう」
「ご苦労なことだ」
天谷は懐から黒い拳銃を取り出す。X線を透過する特殊プラスチック素材で作られた拳銃を持ち込むことにはさほどの苦労は無い。再び議場にはおーというどよめき声。しかし慌てる者は誰もいない。
議長の姿はいつの間にか消えていて、アームと車輪だけの無粋な姿の小型自律型機械が三機、天谷の方ににじりよってくる。
引き金を引くと乾いた音とともに弾丸が撃ち出されるが、有事を想定されて導入されている金属製の自律型無人機には傷一つつかない。ことの成り行きを黙って見つめていた参加者の姿が揺らぐ。
天谷はふっと笑う。
ここには誰もいない。いるのは自分一人と、あとは機械だけ。誰もいない部屋で、遠くの誰かから叱責され、追求され、弾劾される。
−なんだこれは。
結局、私の言葉はどこにも届かない。真っすぐな思いも、言葉も、全てが何かの力によってねじ曲げられ、自分は凶行に手を貸した狂ったテロリストとして処分されていく。
銀髪のあの若者の言葉が胸に浮かぶ。
「思いを届けたいんだ」
その言葉を信じて力を貸した。あの男を心底信じた訳ではない。でも、何かがおかしいと思っていた自分の琴線に触れたことは確かだ。
−少しは力になれたのだろうか。
口に微笑を浮かべ、不思議なほどにすっきりとした気持ちで、天谷はこめかみにあてた拳銃の引き金を引いた。
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