1-6 マカロワ ー Makarova
「マカロワ」
「これは不老の蝶、いや死神、と呼んだ方がいいか?見ていたぞ?相変わらずの手並みだな。あの子が邪魔しなければ完璧だった」
空中に幾つもの立体映像が広げられただだっ広く真っ白な第一ラボ。AIの補助をする五名のスタッフの後ろで全ての映像を俯瞰していたのは年配の女性だ。白い肌に白髪交じりの金髪。襟付きのシャツと天然コットンのパンツの上に白衣を羽織った姿は医師そのもの。年の頃は五十を超えているはずなのに、その瞳は若々しく、狂気と紙一重の凄烈な輝きを放っている。
「あいつは、既に発現している」
「あの嬢ちゃんだろう?わかっているさ。IDタグは問題なく生体細胞と同化していた。体内の栄養情報から血圧、呼吸、心臓の鼓動、生まれてから死ぬまで生体ログは全てIDタグ経由で取得できる。わからないことなんてなにもない。食事の栄養バランス、病気の有無、感情の高ぶりさえも手に取るように明白だ」
「あいつの年齢では発現に耐えられない」
「そんなことはない。ちゃんと死なないレベルで制御しているさ。それよりも”あいつ”だって?年端も行かない子供に随分と入れこんでいるな。同情か?憐憫か?幾万の命を奪ってきた死神らしくもない。発現に耐えられなければ死ぬだけだ。死んだら代わりを探せばいい。新宿の街を見たか?この世界はまだまだ人で溢れているんだ。資源だよ、資源!人なんて使い捨てにすればいいんだ!おい?なんだこの手は」
マカロワは襟をつかむユーリの手を握り返す。
「冷たい手。まるで氷。さすが死神だな」
「こんな風にしたのはお前たちだ」
「私たちじあゃない。私たちが生まれる前からお前はそんな風だった。それにお前はそうならなければ死んでいた。あの嬢ちゃんと同じだな。違うか?」
しばらくのにらみ合いの後、何か言おうとしたが、結局口を開かず、ユーリが手を放す。マカロワはシャツの襟を正すと足を机の上に投げ出す。
「ずいぶんと御執心だな?我々としても貴重な被験体をむざむざ死なせるのは忍びない。出来る限りのことはするさ。それでいいだろ?」
そう言ってマカロワは手をひらひらと振り、白くだだっ広いラボで作業をするスタッフに幾つか指示を出す。
マカロワは天才だ。ユーリやユウジといったこの研究所で発現した多くの被験体の面倒を見てきた。そのマカロワが「出来る限りのことをする」と言っている。ユーリにとって、マカロワとこれ以上言い争っても何も得はない。
「もう仕事は終わったんだろ?あの子は私の優秀な部下たちが出来る限りの看護をする。だとすればお前さんにやることなんてないだろ?中継を見ていけよ」
「中継?」
「そうだ。今も昔も変わらぬ、国会中継ってやつだ。さっきのデータセンターの襲撃犯に機密情報を譲渡し、幾つかのサーバーを停止させた内通者が明らかになっていて、喚問されている。爆発からまだ数十分しか経っていないってのに、さすが国家予算の大半をつぎ込んでいるって噂のスーパーAIだな」
「MIKOTOか」
「ああ。黒い噂も絶えないが、国家レベルの問題対処能力は半端じゃないらしいからな。使われていても不思議はない」
「都市伝説の類いかと思っていたが」
MIKOTOの名はユーリも噂程度にしか聞いたことがない。国の中枢を担うスーパーAI。その用途どころか、存在さえもあいまいだ。
「私もそう思っている。だけどな、今回のようなことが起こると存在すると思うしかないんだ。爆発してから数十分で、襲撃犯さえわかっていないのに内通者があぶり出されているんだぞ?いくらなんでも速すぎる。スーパーAIがなければ、全てがお膳立てされた芝居だった、のどちらかだ」
俄に興味が湧いてきたユーリはマカロワの後ろに立つと、展開された立体映像をアイグラス越し見つめる。
「呼び出されたのは情報統制局一課長。役職は低いが実質的に統制局の実務を司っている。お前とあの子がしでかした事の顛末がわかるはずさ」
マカロワは、にやりと笑い、両手を組んで頭の後ろに回し、映像に集中する。
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