2-5 ボマーキッズ ー Bommer kids

『最近の東京でのテロの多発ぶりはお前らも知っているだろう?』


 祈りの塔の最上層。だだっぴろい屋上の真ん中にぽつんと置かれた円卓を、三人と一個のぬいぐるみが囲む。陽光の降り注ぐ秋晴れの日。空と太陽を独り占めした気分。


『この三カ月足らずで昨年の発生件数を既に超えている。犠牲者も一千人を超えた。由々しき事態だ』


 ソラがくすりと笑う。修理されて戻ってきたジェスターは前と違って言葉づかいが丁寧だ。中身は同じAIのはずなのに、言葉遣いが違うだけですっかり別物だ。


『犯人は子供だという噂だ。ちょうどソラと同い年くらいの子供たち。『ボマーキッズ』なんて物騒な名前で呼ばれている』

「子供が爆弾を持って都心を走り回る。ひどい話だ。世も末だな」


 ユウジは両手を上げて首を振る。仕草は大袈裟だが顔は笑っている。


「本当なの?」


 ユウジと対照的に、ソラは泣き出しそうな顔でユーリを振り返る。感情の浮き沈みが激しい。『手術』の副作用。他人の感情や経験に必要以上に同調してしまう。


「利用されているだけだ」


 ソラを嗜めると、ユーリはコーヒーカップを口に運ぶ。この塔の主が誰なのか、優雅な所作が物語る。


「さらわれてきた貧しく身寄りのない子供たちが爆弾魔に仕立て上げられているのさ。おそらく子供たちには自分が爆弾を仕掛けている自覚さえない。隠れ家を転々として、都合が悪くなったらボン、だ」


 ユウジが陽光に眩しそうに眼を細める。ソラは身動き一つしない。


「−いや、さらうまでもないな。今でも最低限の衣食住に不自由しないこの国に、来たいと願う子供は世界の最貧国にはいくらでもいる。目端の利く子供を選り好みだって出来る」

「昔は工業生産大国、いまはテロリスト生産大国、か。斜陽国家のなれの果てだね、まったく。でも子供たちをどこに匿うんだ?少なくともボマーキッズにも生活の拠点は必要だろ?」


 ユウジは視線を空へと据えたまま。彼の物事の判断基準は面白いかどうか。横顔が言っている。「今回の仕事はつまらない」。


「”コンパクトジャパン計画”は知っているだろう?」

「・・・そういうことか」

「どういうこと?私にも分かるように教えてっ!」


 ソラがせがむ。


『”コンパクトジャパン計画”っていうのは、国内のいくつかの主要都市に人を集約させようという計画だ。人口減少と経済規模縮小、それに伴う国家予算の縮小に対応するための現政権の目玉政策の一つだ』

「主要都市に人を集約させるとなんで国家予算縮小への対応になるの?」


 ここに来た当時は何も知らなかったソラだが、今では「国家予算」という言葉の意味を完璧に理解している。ジェスターという世界最高クラスのAIは好奇心旺盛なソラにとって格好の先生だ。


『人を集約するということは、人口の少ない村や街を意図的に放棄するということだ。村や街を減らせばその分のインフラを集約できるし、商業施設や店舗も削減できる』

「これまでは数人しか人の住まない地域にも電気や水道、ネット回線を通さなければならなかった。維持費だけでも馬鹿にならない金がかかるし効率が悪すぎるだろ?コンパクトジャパン計画が発動されてから、インフラの維持費や役所の数を大幅に減らす事に成功している」

「だけどその計画、反対する人が多そう。だってそれまで住んでいた場所から離れなければならないんでしょ?」

「ソラの言うとおり、計画が公表された当初は国民の大反対にあった。しかし国が危機的な状況に陥って、そんなこと言ってられなくなったのさ。だろ?ジェスター」

『その通り』


 ユーリの言葉にジェスターが眼をピカピカと光らせて応える。新しいジェスターは言葉以外の表現方法も身につけたらしい。


『”ジャパンショック”で日本は衰退を迎えた斜陽の国だという事を自他ともに認めざるをえなくなった。そこからの議論は末期がん患者の終末期医療と同じさ。”どのように縮小していくか?”、”どのように終わりを迎えるか?”そんなムードが国を覆い始め、それからは”コンパクトジャパン計画”に反対する人は大幅に減った』


 震災後の日本国債の債務不履行、通称”ジャパンショック”は国民の暮らしを根本から変えた。

 国民の預金は差し押さえられ、いくつもの銀行が閉鎖された。我慢強い日本人もさすがに不満を爆発させ、東京だけでなく名古屋、大阪など主要都市圏で大規模なデモが起きた。機動隊とデモ隊の衝突により何人もの死傷者が出た。政府の金融担当は次々と変わり、最終的にはなり手がいなくなって空席となった。銀行関係者の自殺も相次いだ。

 三か月経っても騒動が沈静化しないことに業を煮やした国連は、日本に治安回復の名目で軍を送り込んだ。迷彩服を着て銃を携行した国連軍の兵士が油断ならない目つきで明治通りを歩く姿に、ほかでもない日本国民が慄然とした。中東やアフリカの発展途上国に派遣されるはずの国連軍が、都心のど真ん中歩いている。その姿に日本人のプライドは激しく傷つけられ、ようやく気が付いた。日本はもう先進国ではない。


「”コンパクトジャパン計画”で放棄された集落は、いまや未来の『ボマーキッズ』たちの養成所だ。放棄された集落の数は全国で千以上。生まれが最貧国ならIDタグも埋め込まれていないだろうし、人里離れた無人の集落を転々とするテロリストを補足するのは非常に困難、ってことだ。政府は調査名目で定期的に無人のドローンを飛ばしているが今までに引っかかったことは一度もない。政府内に内通者がいるって噂もあるが、おそらく事実だろう」


 ソラが無言で顔を覆いしゃがみこむ。


「国が壊れる、っていうのは悲惨なことだ」


 ユーリがぽつりと言う。


「治安、政治、経済、そういったものが信じられなくなると人は自分の判断だけで動き出す。そして独りよがりの判断はたいていの場合、誰かの悲劇につながる」


 ソラはあの暗い海を思い出す。あの海へと導いたソラの父母の判断は決して独りよがりなものではない。でもそれを言い張れる強さをソラはまだ持っていない。


「で?僕らへの指令は、テロの未然防止と、『ボマーキッズ』たちの養成所の発見と殲滅、だ。僕は未然防止は苦手だ。殲滅戦だけにしてほしいな」


 自らの高い戦闘能力を活かせる殲滅戦をユウジは好む。


『これまでの爆破テロの発生場所と日時から次の発生地点と時間の推測はできる。これを見てくれ』


 三人が囲んでいた円卓の上に、東京全域の立体画像(ホログラム)が浮かび上がる。立体画像(ホログラム)は精緻で、さながらミニチュアの東京だ。


『監視衛星の撮影動画を補完処理しながらリアルタイムで中継している。この地図にこれまでのテロの発生地点を重ねる』


 地図上にいくつもの光点が現れる。


「これだけ見ても何も分からないな」

『人の目に規則性は映らない。しかしどれだけランダムを装っても、人の意思が働く限りそこにはパターンが生まれ、分析を何重にも繰り返すことで次の場所と時間は特定できる』


 東京都の立体画像ホログラム上の光の点が次々と消え、代わりに赤く光る点が三つ現れる。


『三箇所のどこかで三日以内にテロが発生する確率は九十三・二パーセントだ』


 祈りの塔の最上層に居を構える黒髪のリーダーはコーヒーカップをテーブルに置くと透き通った眼差しで赤い点を見つめる。


「三鷹、渋谷、それに上野。どこもここ十年で再開発された地域だ。二十層以上のスカイガーデンがある点も共通。確かにターゲットとしては妥当だ。ユウジはジェスターと上野を見張れ。私はここから渋谷を見る」

「嫌だ、って言ったけど?」

「つべこべ言うな」

「ユウジさん、うまくいったら私が歌を歌ってあげます」

 鞭と飴。ユーリとソラの言葉にユウジはポリポリと頭を掻く。

「楽しいコンビだねえ、君たちは」

『三鷹は?』

「人手が足りない。上に任せる」


 ユーリは人差し指で真上を指す。きょとんとするソラ。言葉を失うユウジ。


「私は?私、まだ呼ばれていない」

『お嬢ちゃんはここでお留守番してな』

「嫌よ!」


 ジェスターの粗暴な言葉にソラはすかさず噛みつく。しかしユーリもユウジも今日はジェスターに同意見だ。


「相手は爆弾を持っているんだ。死ぬぞ。ここで待ってろ」

「そうだよ。歌を聴く前に死なれたくないしね。お土産買ってきてあげるからいい子にしてて」

「ばかにしないで!なにもしないなんて絶対に嫌!」

 ソラは走り出し、あっという間にエレベーターの中へと消える。

「厄介な事になってきたね?」


 言葉とは裏腹に心底楽しそうなユウジに、ユーリは表情を変えずに左手を銃の形にして突きつける。

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