3-13 東京の街で(2) — On the ground (2)

 私たちの前に黒い幽霊が現れたのは、旧池袋駅の近くのアンダーグラウンドに二人で潜った時のことだ。


 私たちは大胆になりすぎていたんだと思う。旧渋谷駅近くのアンダーグラウンドと違い、旧池袋駅近くのアンダーグラウンドは黴臭く、人が住まなくなってから随分経っていた。

 奥へ奥へと足を踏み入れていった私たちはいつの間にか十人程度の男たちに囲まれていて、アンダーグラウンドの薄暗く湿った袋小路に追い立てられていった。


 壁際に追いつめられて軽く死を予感していた私たちの前に、気がつくとその黒い幽霊は立っていた。


 死ぬっていうことは私もミオもよく理解していた。病気、怪我、事故、様々な理由で親戚も友人も、何人も死んだ。誰かが死ぬと、沈鬱な気持ちにみんなが包まれて、死んだ人の不在に誰もが口をつぐむ。でもそれだけ。しばらくすればまた活気が訪れ、日常が戻ってくる。


 私とミオが死んでも、みんな一時は悲しむかもしれないけれど、すぐに日常を取り戻す。それでなければ生きていけない。いつまでも悲しみを引きずっている余裕なんて今の私たちにはないのだから。


 だから私もミオも、男たちは怖かったけれど、死ぬのは怖くなかった。そしてそんな私たちの前にその黒い幽霊は現れた。


 足はあったけれど、それは間違いなく幽霊だ。霧のようにふっ、と現れたかと思うと、男たちをなぎ倒し、気がつくと消えていた。


 男たちは首の骨を折られたり、全身を強く叩き付けられたりして、例外なく死んでいた。


 死体に囲まれた恐怖に、私たちは我を忘れてアンダーグラウンドから飛び出した。それからふと心配になった。私たちのことでも、死んだ男たちの家族のことでもない。あの幽霊のことだ。


 あれだけ死を撒き散らす幽霊は、きっといつか、誰かの恨みを買う。その恨みは新しい幽霊を生み出して、あの幽霊を取り殺すだろう。


「綺麗だったね」


 一瞬だけ見た、あの幽霊の華麗な動きを私は思い出す。男たちの間を踊るように駆け抜け、死を撒き散らした黒い幽霊。


「うん。華麗。優雅。うーん、そんな言葉じゃ足りないかも」


 あの幽霊は間違いなく女だ。黒い霧のような女の幽霊。華麗で優雅だけれど、どこか儚い。映画のヒロインみたい、というのは言い過ぎかもしれない。

 私たちは命を拾った。それはあの黒い幽霊のおかげ。その拾った命をどう使おうか、ミオとにこにこ笑いながら私は考える。

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