4-8 到達点 — Vantage point
祈りの塔の二百三十層付近、比較的損傷の少ない外階段でユーリは特に感慨もなく指示を受けた。塔は傾ぎ、いつ自重に負けて太平洋に落ちても不思議は無い。落下時の水位変化や津波の到来といった事態に備えて、沿岸部には避難勧告が出されている。
狙撃に適切なポイントを慎重に選び、眼下の海から続く東京の街を見下ろす。五反田、目黒、品川。品川駅前の廃墟と化したビルが眼に入る。遥か昔、ユーリが子供の頃にはそのビルは下層民の出入りする廃墟なんかではなく、豪奢な輝きをまとったビルディングだった。都内に人が溢れていたあの頃が懐かしいかと聞かれても、ユーリはなんて答えていいかわからない。生ある者はいつか死ぬ。栄えるものはいつかは滅ぶ。その必然の流れが押し寄せただけにすぎない。
ソラとトワはもうこの島を出ている。いつ倒壊してもおかしくないこの塔に残るのは、身体の替えが効く自分だけで十分だ。
『四ッ谷駅付近で四体の幽霊—そのうち二体は自律制御のOctas—が暴徒に囲まれている。群衆に紛れて自律型機械も複数台確認されている。彼らを支援しろ。言っておくが暴徒—一般市民への発砲は厳禁だ』
「IDタグは?ヴィルタールシステムは稼動中だ。群衆に紛れこんでも自律型機械は識別できるはずだ」
『それができていない。どうも自律型機械にもIDタグが付与されているらしい』
IDタグは与えられた個人の生態データのログを蓄積し、そのログに異常があるとメディカルサーバーへ知らせる。アイグラスでメディカルサーバーへアクセスしても出てくるのは負傷者や重傷者の情報ばかりでそれらしい情報はない。それはつまり偽のIDタグが付与された複数台の自律型機械に、各個人を偽装した膨大な偽の生体データがオンタイムで供給し続けられている、ということだ。そんなことができる人間は限られている。
「ナギだ。あいつが黒幕だ」
『今のところ自由の翼の関与を示す証拠は—』
指令センターの言葉はユーリの耳には入らない。
おそらくここが自分の到達点だ。
「想像以上に巨大な嵐になりそうだ」
ユーリはレイヴンを構えると無造作に引き金を引く。放たれた弾丸は東京の空を駆け、炎に包まれた黒い幽霊に飛び掛ろうとした自律型機械の頭部を粉々に砕く。
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