第75話 蛇は一度巣に戻る
祭り6日目。
あれからペースを上げた討伐隊と、ボーナスチャンス時の“魔王”で構成されたパーティによる猛攻で、参加者はかなりの数のビンゴを稼ぐ事が出来た。ユーラリングも狙い通りだったが、まぁ当然ながら、戦闘本体より穴を開けることに時間がかかったのは言うまでもない。
しかもロスタイム無しで腕輪は消えて、ビンゴカードに新たに穴を開けることも出来なかった。ユーラリングでもそこまで枚数が稼げた訳ではない、と言えば、どれほど怨嗟の声が上がったか想像に難くないだろう。
「で……ここから8日目の昼までかけて、公式の闘技大会か」
「そうよぉ。リングちゃんは参加する?」
「する訳が無いだろう」
昨日に引き続き昼に起きた(ログインした)ユーラリングに、サタニスが問いかける。それに即答しつつ、ユーラリングは珍しくシズノメの方から届いたメールを確認していた。
……どうやら昨日のイベントで、ポーション類が品薄になってしまったようだ。なので、一度『ミスルミナ』に戻って卸してくれないかとの事だった。まぁこれからずっと続く公式イベントである闘技大会でも大量に消費するのだろうし、正直、いくらあっても困らない状態なのだろう。
どうやら帰還に必要な転移も向こうで用意してくれるらしく、正直そろそろ『ミスルミナ』の状態が気になっていたユーラリングは素直に受ける事にしたのだ。当然、長時間かかる闘技大会に出るつもりはない。
「あら、残念。その護衛さんとか言い線行くと思ったのに」
「切り札を衆目にさらすつもりはないのでな」
「まぁそれはそうねぇ。私は『配下』込みで出禁だし。……ま、素直に観戦しましょうか」
肩をすくめてサタニスは広場へと目を戻した。その横でウィンドウを操作していたユーラリングは立ち上がる。ハイライガー姉妹を手招きして、向かうのは「商店エリア」だ。
そこで『聚宝竹』の店舗に移動して、ハイライガー姉妹共々転移する。転移先は、シズノメの屋台がある場所……つまり、生産部屋。実質の『ミスルミナ』最奥だった。
「……随分と久しぶりな気がするな」
『まぁお祭りは濃いもんですしなぁ』
自分でも知らず長い息を吐いて言うユーラリングに、屋台越しにシズノメが声をかける。ハイライガー姉妹は、あからさまな穴倉といった周囲を物珍しそうに見回していた。
「さて、それはそれとして、まずはポーションの作成と、第11層だな。……地上階は当分お預けか」
『お頼みします。て、新階層でっか?』
「せめてもう少し森に近い環境の方が良いだろう?」
『なるほど、それもそうでんな』
大型の炉を遠巻きにしつつ眺めているハイライガー姉妹に視線を向けつつ言うと、シズノメも納得したようだ。とりあえず、とツナギ……ではなく、普段使いのドレスに着替えてポーションの生産に入るユーラリング。
と言っても一括作成機能が使えるので、ガラス瓶をシズノメから購入してポチっとするだけなのだが。
『ところでリング様』
「どうした」
『確かポーションって「癒水の宝珠」を使ってるって聞いたんですけんど、そこから手作りしたらどうなるんです?』
「高級ポーションでも必要なのか? ……少し待て」
ははは読み通りですわー。と声を返しつつシズノメは大人しく待った。少し、という言葉通り、大きな甕からポーションの中身をくみ上げ、ガラス瓶に入れて封をして、ユーラリングはすぐ戻ってきた。
「こうなるが」
『はい、ありがたく……あー、成程。ここから一括作成機能で普通性能のポーションにすると』
「そういう事だな」
……まぁ、普通に“魔王”御用達レベルのポーションだった。解せぬはこちらのセリフだと思うシズノメ。これで「癒水の宝珠」を使った後、つまり性能が100分の1になっているだと……? である。元は秘薬か何かなのだろうか。
という思考を会話の裏で高速で流し、それを何とか隠しきってシズノメは言葉を継いだ。
『ほなすんませんけど、これも卸してもらってえぇでしょうか? 公式イベントの闘技大会で、上位者ともなれば普段のんでは足りんと文句言うんですんで』
「それだけの傷を負っておいて、支給ポーションで済まそうと思うあたりがダメなのだろうが。まぁいい。1スタックで良いか」
『助かりますわ』
そこからはしばしポーション作成タイムだ。なお、既にヒーイヴィッツとヒュドラはいつもの位置に戻り、同僚や本体と情報交換をしている。ハイライガー姉妹は、ユーラリングが暇つぶしとレシピ埋めを兼ねて作った耐久度に極振った打ち込み人形を発見し、それで遊んで(?)いた。
さほど時間もかからずポーションを作り上げたユーラリング。無限湧きと言っても一度に作れる量は決まっているので、もっと作るには「癒水の宝珠」が仕事をする時間が必要である。
「ではしばらく外すぞ」
『分かりました』
という訳で、久しぶり(?)に作業着を着てスコップを担いで第10層の戦闘部屋に転移するユーラリング。先日の例外を除けばいまだに静かな場所で、まずは設定しているボスモンスターによって違う、条件の達成を条件とした扉を設置した。
そこからざくざくと深めに階段を掘り、そこで第10層の別の戦闘部屋に戻る。そして扉を設置し、階段を掘る。それを、現在の戦闘部屋の分だけ繰り返した。なお現在の戦闘部屋の数は、ほとんどが予備となっているが20個だ。
「……大体構想は決まっていたが、植物をメインとする、とすると、さてどうするか……」
最後に掘った階段の一番底でしばし考えるユーラリング。当初の予定では、ここはひたすら同じ光景が続く、単調さで殺す迷路にするつもりだった。もちろん創意工夫した立体迷路を力業で突破された事への嫌がらせである。
そこに来たのがハイライガー姉妹と、各正体不明の動物(?)達だ。半分彼らの居住区にするつもりであることを考えると、どうしたものか、と悩むことになる。
とりあえず、森林地帯にするうえで絶対に使う『環境変化』ギミックの項目を呼び出し、必要な設定を確認することにしたユーラリング。
「広さはまぁいいとして……天井も壁も、見え辛くなるか土以外の物に置き換えられるだけで存在はする。可能な限り大きな空間をまず作ることが必要か。で、ダンジョンの壁扱いで植物を植えると、勝手に成長して壁の形が変わることがある。……まぁこれは良い」
一つ一つの要素を確認していきながら、それに合わせて方針を考えるユーラリング。特に注目したのが、壁扱いで植物を植えると勝手に成長するという部分だ。
詳細、というか細かい条件付けを引っ張り出してみると、どうやらその階層の管理者相当の『配下』であれば剪定したり植え替えたりできるらしい。つまり、後から形が変えられる。
また、最初からトレント等自力で動くことが出来る植物系モンスターを壁扱いにすることは出来ないが、壁に設定した植物が後天的にモンスターになった場合は壁属性が有効……つまり、倒せない敵になる。逃げることも可能なので、実質の罠扱いだ。
「……そもそも、1日目のイベントで手に入れた苗や種も植える場所が必要だしな……というか、昨日の報酬でも結構な数の殖やせる系素材が手に入ったし……」
となると。と呟き、ユーラリングは第11層の構成を詰めていくのだった。
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