第18話 悪魔は地獄でこそ嗤う
なおもちろん第6層に来るには、万全の状態でヒュドラが潜む2層構造の迷路となっている第5層を突破しなければいけない。しかもユーラリングは直前に、ごっそりとブースト系の食糧・ポーションをヒュドラへと転送していた。『報復戦の機会だぞ』と書いたメモと一緒に。
その上でこのアンデッド蠢く呪いと悪意の第6層。相手が相手だけに仕方がないのかもしれないが、まぁはっきり言って過剰戦力という意味では侵入者といい勝負である。
「……! …………!!」
……その様子を見て、声も出ない程に笑い転げている人物がいた。もちろん本来ならGMでもなければ見れないはずの、その場所を。侵攻中の“英雄”部隊も気づかない手段で。
「楽しそうでございますね、我が主」
呼吸困難に陥りかけているその人物に、執事風の何者かが声を掛ける。同時に、音もなくティーセットが用意され、ふわりと良い香りが立ち上った。
「あ、あぁ、ありがとう。いやぁ、しかし……面白いわー、この子」
まだちょっと声を引きつらせつつも、お茶に口をつける誰か。目を閉じて口の中で香りを楽しみ、ゆっくり嚥下して、ふぅ、と息をついて目を開ける。
「最初は何事かと思ったけど、もう完全に想定いj――っぶっはっっ!!」
そこに映った光景……ユーラリングが呪詛を零しながら、今度は『特殊地形』を使用して名実ともに(モンスターフィールド的な意味での)立派な墓地を作り上げているのを見て、再度噴き出した。
目を閉じていなければ完全にお茶を吹いていただろう。カタカタと手を震わせながらどうにか零さないようカップを戻し、また腹を抱えて笑い出す。
「容赦ないわー、容赦ないわー! これは酷い! 最近流行りの狩場がアンデッド特化で、対アンデッドの道具を温存したいときに、これは酷いっ!」
「そうでございますね。いやぁ、全く以って手加減のての字も見当たりませんなぁ」
「完全に殺す気しかない! しかもこれだけの数と質を、『あの』ヒュドラの直後に叩き込むのが更に酷い! それも、ヒュドラからの『追撃』と追い駆けっこしながらよ!?」
「目も当てられない程度には惨事でございますね。……あぁ、我が主。かの迷宮の主は、それでもまだ足りない様子でございますよ?」
執事風の何者かが発した言葉に、ひーひー言いながらもどうにか映像に視線を戻す何者か。そこに映っていたのはまだ『ダンジョン』を拡張しているユーラリングなのだが――。
「ひっ、ひひ酷い……! これは……! 酷い……!!」
更なる呼吸困難に陥る何者かの視線の先で、『ダンジョン』の設定をいじっているユーラリング。第2層と同じく、何かを自然発生する設定にしたようだ。
また呪詛を零しながら掘り進めるユーラリングの足元から、ぽこぽこと何か泡のような物が湧きだしてきた。それはある程度の数が寄り集まると、蚊柱のような形のまま、ふわふわと漂いだす。
「ただでさえアンデッド・ゴースト強化の階層ですのに、怨視蛍まで徘徊させるのですね。あぁ、その上特性『狂招』持ちのダークピクシーを召喚しますか」
執事風の何者かが言った通り、第6層には更に、ケタケタと無意味に笑い続けながら浮遊する、杖と紙切れを持った全身真っ黒の小悪魔が追加されていた。
「殺す気だ……! 殺す気しかない……! どう頑張っても生きて帰れない……!! あっははは、死に戻りにしても最悪過ぎるでしょう!! ここで死んだら!!」
「そうでございますね。ダークピクシーによる生贄か、怨視蛍に憑りつかれるか、はたまた死者に墓へと引きずり込まれるか……一番マシでも生きたまま臓腑を食い荒らされる事とくれば、それすなわち地獄で間違いありませんね」
「地獄なら、管理者が居る分制御されててもうちょっとマシでしょう……!! だってこの子、制御なんてする気、一切絶対これっぽっちも無いもの!! それで従えてるってどんな魔法使ったのかしら!?」
爆笑しながら『ミスルミナ』第6層の難易度を評する何者かは、軽く左手を振った。それに応じて、空中に浮かんでいた画面が音もなく消える。
何も見えなくなってようやく呼吸を落ち着け始めた何者かは、お茶の続きを口にしながら、それはそれは愉快そうに言葉を継いだ。
「あぁ、本当に楽しいわね、あの子。もう下手に引き換え条件なんか出さずに、適当な理由付けて同盟に誘うか、もういっそ保護者になってしまえば良かったかしら?」
「どうでございましょうね。あの見た目からしても相当な警戒心と猜疑心の持ち主である事は間違いないでございましょうし。あまり美味すぎる話だとかえって警戒を募らせるだけだったのではないでございましょうか」
「まぁそれはそれで面白いとは思うけれど……いえ、ダメね。挑戦者は歓迎だけど、あの子はダメ。敵対なんて勿体なさ過ぎるわ。ビックリ箱は中身を詰め込むところから見なきゃ」
ユーラリングであれば、どこかで聞いた事があるような条件の裏話を普通に話題に出す何者か。勢いをつけてお茶を飲み干した「主」は、空のカップを戻すと、大仰に天井を仰いだ。
「あぁほんと、地下の壁を掘り抜かれたって面白事件の時点で歓迎しておくんだった!」
……そう。ユーラリングどころか“英雄”達による
遥かな距離はさらっと見なかったことにして、ユーラリングが「お隣さん」と認識している最強の一角。退屈故にもういっそどこかの街か国に強襲でもかけようかと画策していた「彼女」は、今現在、非常に上機嫌だった。
「あーん、やっぱりワルイコトなんて考えるべきじゃないわね。こんな面白案件の初動が遅れるなんて。もし完全に逃がしてたらそれこそ後悔してもし足りないわ」
「では我が主、如何いたしましょうか?」
「でもせっかくトーナメントまで開いたんだから、実力は見たいのよ。でももちろんあの子をこれ以上虐めるのもダメでしょう? タラスクスなんて、折角話が出来るのに食べさせてくれって口に出して毎回逃げられてるのよ?」
「まぁ致し方ないでございましょうな。あの目と尾を見れば時期尚早にも程があるというものでございます」
「ちーがーうーわーよ。ヒール技の1つでも教えてあげてその見返りにって交渉ぐらいしなさいって事。当たり前のことよ? 何でどこの誰とも知らない……訳ではないから話には応じるんだろうけれど、さして親しくもないお爺さんに自分の命の欠片を無条件であげなきゃいけないの? バカなの? 私だってそんなこと言われたら無言で殴り飛ばすわ」
「主に殴り飛ばされると、空の彼方まで飛んでいくかその場で砕け散ってしまいますな」
「どうせ復活するんだから良いじゃない。だってどこからどう見てもセクハラよ? それもあの年の差でよ? 犯罪よ? うん、痴漢には死あるのみね」
大真面目にそんな事を言ってのけるサタニス。今日も今日で『ミスルミナ』に獲得した部屋で侵入者を待っていたタラスクスが唐突にくしゃみをしたようだが、もちろん知った事では無い。
ふむん。と好き勝手に喋り、また左手を振るサタニス。空中に半透明の画面が展開し、そこにどこかの映像が映し出される。先ほどまでは、ユーラリングの行動を追っていたそれ。
「……でもまぁやっぱり勿体ないから、高みの見物としゃれ込んでるお馬鹿さん達にお試ししてもらいましょうか。あの子も結構頑張ってくれたから、内部を通ればそんなにかからず辿り着けるわよね?」
にっこり、と楽しげに、童女のように無邪気な笑みを浮かべるサタニス。もちろんそのまま告げられる内容は、しかし『ミスルミナ』の入り口周辺で、後続として待機している者達の全滅を意味していた。
……いや、一応、撤退で済む可能性も、無い事は無いが……正直なところ、僅かにでも反応が遅れれば潰走は免れないだろう。
「そうでございますね。念の為転移持ちを同行させるとこの距離でも数分で到達できるでございましょう」
お茶のおかわりを注ぎながら、執事風の何者かから更に絶望的な提案がなされる。……地上で長距離を短時間で移動する為には『転移陣』という特殊施設を使うしかない。
後は個人の能力で空を飛んだり、乗り物を使ったりするぐらいで、いずれにせよモンスターや敵対勢力からの戦闘は避けられない。転移魔法というのは長距離では拠点に戻る用途にしか使えないし、短距離でも移動手段に使うにはコストがかかりすぎる。
……ただし、『独立軍』の砦あるいは『ダンジョン』の迷宮の中であれば、簡易マーカーを置くだけで瞬時に移動できる。それこそ、同じ階層の中であれば、何十㎞であろうとも。
「ほんとに、この高さのまま世界中に張り巡らせたくなる便利さよねー。通行料を別で払えばお金とマナで二重に美味しいかしら」
「あのアクセサリ作りの腕前からして、金銭はさほど魅力に感じないのではと愚考いたしますが……そうでございますね、弱い吸魔陣を全体に張れば良いのではないでございましょうか」
「あぁ、通過するときにオドを吸収してマナに変えるあれね。いいんじゃない? どう提案するかはまた別問題だけど」
システム上は可能だとは言え、実は通常そこまでの距離を掘る事は出来ない。……ユーラリングは全く意識していないが、通常は『独立軍』の砦も『ダンジョン』の迷宮も、その主の力量による成長限界と総合面積限界というものが存在するからだ。
だからこそ、それを越える『国』という組織に大半は所属する。それをあっさりと踏み越えぶち抜いたユーラリングは、やはり、新米でひよっこであろうとも、選ばれた存在であるという事……「生まれついての“魔王”」という、特別な存在である、という事だ。
「あぁ、俄然楽しくなってきたわ! “魔王”というのはこうでなくっちゃ――たとえここが現実であったとしても。私利私欲のままにゲーム感覚でなくっちゃぁね!」
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