第17話 蛇は怨嗟を織り上げる
前回のアクセサリに味を占めたのか、あるいは諦めかけていた夢を仮初にでも掴めたからか、それからユーラリングは暇潰しと称してちょくちょくとアクセサリを作るようになっていた。
もちろんその大半は宝箱行きで、一部は製作者不明としてシズノメに売っていたり、本人的会心の出来はアイテムボックスにしまいこんでいる。そして、稼いだお金で貴金属やら宝石を買い込み心の赴くままにアクセサリを作製。
…………ユーラリングは綺麗さっぱり忘れていた。以前もこんな風に生産活動に心のままに打ち込んで、何が起こったのか。
「…………?」
そして今日も今日とて何かを作製していたユーラリング。しかし、ふと何かを察知して僅かに眉をひそめた。しばらく手を動かし続けて、仮成形した貴石を引いていた布の上に戻す。
空いた手でメニューを開き、お知らせ画面を開くと、そこには――
「……………………」
『おや、リングサマ、どうされました?』
「……何でもない」
突然動きを止めたユーラリングにシズノメが声を掛ける。それにユーラリングは平坦な声を返し、しかし視線は半透明に浮かぶ画面へと向いている。
そこには2層以降へと踏み込んできた侵入者の情報。今までの最大戦力は
[
それこそ『天地の双塔』への本格攻略でもなければお目にかかる事の無い大規模戦力だ。……閉鎖空間という事を考えればお隣でも過剰戦力気味かもしれないが。
少なくとも、生まれついてとは言え新米、もっと言えばひよっこ“魔王”であるユーラリングのたった5層しかないダンジョンへと挑む為であるなら、それはもはやGMに通報しても怒られない程度の不作法であり虐めである。GMが反応してくれるかどうかは別として。
もちろんユーラリングがその手段を考えなかった訳では無い。訳では無い、が。
「…………まぁ、精々歓迎してやるとしよう」
ゆらり、と傍らに浮かぶオーブが怪しい光を灯した。ユーラリングはしかしそれに目もくれずに画面を操作。小さな防水紙に耐水インクで何か書き付け、どっさりと何かを詰め込んだ布袋をアイテムボックスから取り出す。
そしてそれを、第5層へと転送した。それも1つ2つではなく、軽く山になるだろう数を次々と、だ。
そこまでやって次に取り出したのは、ポーションだった。灰茶色、という何とも表現に困る濁った液体を、ぐいっと一気飲みする。
「――さて。本当に、どうしてくれよう。なぁ?」
飲んだのは、重量制限無効化ポーション。貴重品であるそれを元来慎重であるユーラリングがうっかり使い切るはずもなく、最低限の備蓄は当然とばかり一定量蓄えていたそれ。
ゆらりと立ち上がったユーラリングにオーブが発した怪しい光が纏いつく。ばさりと大きな翼を軽くはためかせれば、それは艶のある漆黒のマントにも似て。
……後に、シズノメはこう語ったという。
『いやぁ、あの時の貫録と迫力と言ったら……。あぁ、敵に回さなくてよかったなぁ、とそりゃもう肝胆寒からしめましたわぁ…………。同時に、思いましたやって。――「ご愁傷様」、と』
ユーラリングはそのまま第6層の構築に入った。「お手本」であるところの第1層を参考に、迷宮を掘り進めていく。岩は塊で取り出して、その合間はマナを抜いた土で埋め、黙々と。
その様子に焦りは見えない。不気味な笑いも聞こえない。ただ淡々と、単純作業のように土の迷宮を掘り進めていく姿は、一見全くの平常運転、完全な平常心にも見えた。
……ただ、少しでも魔法の素養がある者、あるいは罠を看破する技に通じて居る者なら、顔を引きつらせていただろう。ごくわずかに聞こえる声に、その進みゆく歩みの周囲に。
「【――――――】」
囁くような声で紡がれ続けるのは“魔王”の本気の呪詛。歩むたびに床や天井、壁にすら設置されていく罠の群れ。そしてその悪意(本気)と怨恨(想い)に応えるように、何処からともなく現れ集まり徘徊を始める、幽鬼(ゴースト)達。
呪詛が響き続ける中でぼこり、と大部屋が掘り抜かれ、これでもかと害意(罠)を仕込まれた扉が3重に設置される。壁に灯される松明は幽鬼の好む青紫色。
「【集え、集え、寄る辺なき者共らよ。
我が赦そう、絶えなき恨みを零す事を。
我が赦そう、尽きない憎しみを焚く事を。
我が赦そう、己が身を焦がすほどの命への執着を――】」
その部屋の真ん中で、歌うように紡がれるそれは間違いなく呪詛だった。呪詛ではあったが、同時に、この世ならざる者を集める魔法の詠唱でもあった。
そしてユーラリングのダンジョン『ミスルミナ』の地下。現在の階層の、すぐ下には、
「【我は赦そう、餓えるままに貪る事を。
我は赦そう、激情のままに破壊する事を。
我は赦そう、穢れ堕ちてなお存在する事を。
その身に残った最期の念のままに振る舞うが良い――】」
…………超巨大かつ種類も数も豊富に過ぎる、死者溜まりが、存在する。
さてそんな中でひよっことはいえ“魔王”が呪詛を染み渡らせ、これ以上ない悪意を以って迷宮を、『ダンジョン』を掘り進めればどうなるか。
しかもその上、こんなに丁寧に場所を整えて呪詛ベースの幽鬼召喚招集の魔法など使えば、その結果はもう火を見るより明らかだ。
「【光を厭う者共らよ。
生者を羨む者共らよ。
我は赦そう。我は招こう。
世界に拒絶され、そして世界を拒絶する者共らよ。
――――澱より生じる邪気が如く、此処に集い、闇と化せ】」
いつの間にか足元に広がっていた巨大な魔方陣に灯るのは、氷のように青く暗い鬼火の光。応じて聞えてくるのは怖気を誘う死者の声。部屋の気温が見る間に下がり、反して湿度は上がっていく。
結果パキパキと硬質な音を立てて、魔法陣の青色の光をそのまま宿した氷の線へ変わっていく。オドをユーラリングが注がずともその場に固定され、死者の怨嗟で維持されるようになった。
……ざわざわとそこから這い上がってくるのは、アンデッド・ゴーストの大群だ。種類も数も豊富に過ぎる、しかもユーラリングの呪詛と怨嗟で、それはそれは盛大にブーストがかかっている状態の。
「さぁ、闇に属する者共よ。今我は非常に機嫌が悪い。僅かな灯火すらも気に障る程度には」
機嫌が悪い、という言葉に反して、にっこり、と満面の笑みを浮かべるユーラリング。オーブについている『気品』及び『妖艶』スキルが仕事をして、その場にいた死者たちは無意識にユーラリングへ支配される。
……もちろん、本人は本当に機嫌が悪いだけで、他意は無い。無いだけ余計に性質が悪いとも言えるかも知れないが。
「――だから消してくれないか。此の場を踏み荒らしにやってくる、“英雄”と呼ばれる者の、命の灯を」
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