第38話 蛇は受注方法を定める
例によって、問題だったと気付くのは、やらかした後の事なのだ。
「な……っ! 昨日、大量に卸したばかりだろうが……っ!?」
起きた(ログインした)ユーラリングは、作業机の上に山積みになった紙束を見るなり思わず呻いた。勘違いであればいい、と無駄な祈りをしながら重量無効化ポーションを飲み、机に座って確認する。
そして無駄な祈りがまさしく無駄以外の何物でもなかったと知って、頭を抱えるのだった。もちろんここ数日ずっとこの調子なので、本人すら慣れてしまってすぐ立ち直るのだが。
「シズノメ、居るか」
『はいおりまっせー。また大量注文でっか?』
「その通りだ。発注行くぞ」
『任されましたー!』
なのでその紙束……先日、サタニスによって加入手続きをした同盟『King Demon’s Round Table』(悪魔王達の円卓)に同じく所属するほか“魔王”達からの注文書……を種別に仕分け、こちらも感覚麻痺しているシズノメへとさっさと材料の注文を出すのだった。
さて前にも言ったが、現在のユーラリングはその身体の材料としての価値よりも、職人としての腕前の価値の方がずっと高い。それが問題にならなかったのは、それを知る者が外の世界に居らず、唯一知っている『聚宝竹』はその情報を全力で隠蔽しているからだ。
ところが、ユーラリングは同盟に加入し、手土産として正真正銘の廃人であるサタニスをしてオーバースペックと言わしめた装備を見せ、しかもあの後サタニス大満足なアクセサリをプレゼントした。
もちろん大満足で大変ご機嫌なサタニスはそれを同盟を組んでいる他の“魔王”へと自慢する。自慢されれば、当然、その腕前が知れ渡る訳で。
「リングちゃんのダンジョンに、直接戦力を派遣して守るのは、私の特権だから!!」
……割と本気出した状態のサタニスがそう宣言しなければ、ユーラリングは各“魔王”の本拠地までの直線通路と、その周囲のダンジョン形成まで注文されていたかも知れない。というか、されていただろう。
さてそれで手を引くかと言えばそうではない。最初はお試しと言った具合で武器防具やポーション、お宝用の換金装備を注文していた同盟“魔王”達。もちろんユーラリングはほいほいと引き受ける。当然、届いた品を見て“魔王”達もユーラリングの正しい価値を把握する。
と。まぁ、当然ながら…………注文地獄になる訳だ。
さてそんな訳で次から次へと要求をさばいていくユーラリングだが、流石に限界という物がある。もちろん対価(各ダンジョンの特産品)は貰っているが、それにしたって
「自分のダンジョンの事が、一切手を付けられないんだが!?」
……そう吼えつつも、品質は例によって例によるレベルを維持している辺りがユーラリングである。
品質はともかくも、つまりそういう事だ。もしやダンジョンの消耗品全てをこちらに注文しているのではあるまいな? とユーラリングですら思う量と種類を毎日毎日要求され続けていれば、流石に嫌にもなる。
安全を確保したかっただけで奴隷になったつもりは微塵も無いユーラリング。温厚で穏健で多少の不満なら我慢するどころか感じない、ある意味とてもストレスに強い精神構造をしていた訳だが、それでも流石に限界が近くなってきていた。
「…………かと言って、質を落とすのはプライドが許さんし。一旦無条件で仕事を引き受けている以上今更制限をかけて機嫌を損ねるのも悪手だろうし」
限界が近い、のは確かだが、打てる手が無いのも確かだったりするから、イライラするに留まっているのだが。なお実際の所、サタニスに愚痴の1つも零せば速攻で〆てくれたりするのだが、そんな発想は無いユーラリング(の中の人)だった。
そして今日もまぁいいか経験値になるし戦闘じゃなく物づくりだしとか思いながらザカザカとポーションを作り、仕様に沿って武器やアクセサリを作っていく。もちろん相変わらずの速度と品質で。
とはいえ、それはそれこれはこれ。同盟に貢献している欠かせない人材となった、と言えば聞こえはいいが、当然そんな事はないと知っているユーラリングは、流石に少し考えた。
「いずれにせよ、そろそろ作業量的にも限界を越えそうなのは間違いないのだから制限は付けざるを得ない。が、それでクレームを入れられるとあっさり蹂躙されるのが目に見えている。さてどうするか」
なお、実際の所この作業の量は他の“魔王”達の悪乗りが大いに入っているので制限を掛けた所で文句など出ない上、万一クレームを入れようものならその瞬間に他の同盟所属“魔王”から袋叩きに遭うのが確定だったりする。
しかもクレーム(物理)であったところで、現在の『ミスルミナ』はほぼ難攻不落となっているので、ただでは済まないどころか返り討ちまで十分あり得るのだが……まぁ、例によってユーラリング自身はそこまで自分のダンジョンが凶悪になっているとは気づいていない。
「…………文句が出ても、それをお互いに向けて潰し合う方向なら大丈夫なのでは? どうせ廃人の集まりなんだし、同士討ちで潰れてしまう程ヤワでもバカでもないだろう」
ヒュドラ辺りが聞いていれば、だから何でそう凶悪な発想になるかな~まぁそこが痺れるんだけど~。と言う感じの感想を零していただろう結論を出して、ユーラリングはまず、本日分の注文を片付けてしまう事にしたのだった。
で、数日後。
その数日は「『ダンジョン』新規エリア作成の為注文は受け付けられません」という旨のメールを各“魔王”に送って注文をストップしたユーラリング。その間に、メールに書いた通り、第1層を謎の毒水の源泉方向へと拡張していた。
ただし、直接は繋がらない。しばらくは同じような部屋と通路という構成が続くが、ある程度の距離が離れた後は転移魔法陣で移動する迷宮……転移迷路という、それはそれは面倒くさい事この上ない構成だ。
しかも、魔法陣を起動するには鍵となるアイテムが必要であり、そのアイテムが手に入るのは、実は、第8層以下からとなる。なお、一回ごとに必要となる使い捨て型アイテムなので、下手に踏み込むと餓死待ったなしだ。
「ここまで複雑にしておけばうっかり外部から侵入されるという事はあるまい」
第1層にしては桁外れに厳重な迷宮の先に何を作っていたか、というと、注文を出してくる“魔王”達への接待エリア、及び、注文受付窓口だった。各々の“魔王”の好みに寄せた部屋を作り、そこにアイテムを使用する事でのみ行き来できる転移魔法陣を設置する。
そしてそこから、共通通路となる若干の迷路を挟んでそこそこの大きさの部屋を設置。その部屋からのみ繋がる形で、大きなボードと寝台位の机だけがある部屋を設置する。
そしてその部屋に、剣、盾、薬等々の「注文書」をどさりと乗せた。1枚で注文できる数には限りがあり、また注文期限も3日以内となっている。そしてその総合量は、今までの“魔王”達の注文量の、「1人分」だ。
「この量なら3日分纏めてこられても対応可能だしな。早い者勝ちとはいえ、最大注文量としては変わってないのだから頑張ってもらおう」
サタニスが聞けば大笑いしながら遠慮なく戦略級の『配下』を向かわせるだろう環境と条件を設定して、ユーラリングはその旨を同盟所属の“魔王”に周知したのだった。
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