第24話 蛇は新たな装いを纏う

 当然、何の勝算も無しにユーラリングがこんな事をする訳が無い。


「――ドルク」


 十分に生産部屋、もっと言うならシズノメの屋台から離れ、自身以外には何者も居ない場所まで行って、それでも囁くようにユーラリングは口にする。自身が懐剣に選んだゴーストに与えた名を。

 数瞬もおかずに影は応じる。するりとその歩みに寄り添うように、半歩斜め後ろに引いた位置に、存在感の薄い影法師が現れた。見た目には何も変わらない、ぼんやりとした、やや小柄な影の姿。

 気配も何もかもが限りなく薄いその影をユーラリングは一顧だにせず、また歩みを緩める事も一切なく、事務的とも言える調子で告げた。


「汝に与え求める役目は先に告げた通りだ。その役目の為の鍛錬、大変に結構。そして、想定よりも早いが時が来た。汝の弛まぬ鍛錬への報いに、「鞘」として我が心臓を守る鱗――逆鱗を指定する」


 すたすたと歩き続けるユーラリングに感慨らしいものは無い。それに従う影にも動きらしい動きは無い。だからそこに、どのような感情があったかは、当事者以外何者にも分からないだろう。


「以後も油断なく、この身と魂が朽ち果て虚空に消えるその時まで、永く勤め続けよ。我が懐剣、最後の守護を司る者として」


 『ミスルミナ』現最深部。第6層の手前、隠し通路の一番奥。闇が凝って触れられそうな程に色濃く密度が高いその場所で、ようやくユーラリングは立ち止まった。一動作で身に纏っていた申し訳程度の布服モドキを脱ぎ捨てる。

 そして翼を翻して振り向き、未だ片方しかない眼で、闇の中の影を真っ直ぐに射抜いた。そのまま、待つ。


『……――……』


 おどろおどろしくも、か細い声。聞き取り辛いどころでは無く、契約者にして“魔王”であるユーラリングでなければ声として認識できない、空風のような音。

 ユーラリングには見えていた。膝をつき、首を垂れる影の姿が。数秒もそうしていた、重く固く、存在すらも懸けた誓いが。……それでいて遠慮がちに、恥じるように、指定した鱗――逆鱗へと触れる動きが。


「――――は。まぁ我もひとの事は言えんが、初心だな。我が懐剣は」


 ぽんぽん、と、影が「納まった」逆鱗を軽く撫でるように触れて、ユーラリングは歩いてきた方向へと再度向き直った。そのまま手を振って、メニューを開く。

 現在の『ミスルミナ』において何処よりも深い闇の中で、ぽわぽわと場違いに柔らかい光が灯った。何か信号でも送っているかのように明滅を繰り返し、またしばらくすると闇に沈む。

 その闇は、今度はユーラリング自身の手で除けられた。扉を開く動き。隠し通路から、第7層へと続く階段へ出る隠し扉。


『変な伝言が気になって気になって仕方なかったんで、来ちゃいました~』


 その先には、狭い空間で器用に体を折り畳み、半ば通路に詰まっているヒュドラの本体が居た。デフォルトで100ある頭は自身の背後を始め、全方向を見回し警戒している。それでも狭さから、万全とは言い難い様子ではあったが。


『で、我があるじマイロード、面白いものって一体、なんな――――』


 表面上だけ不機嫌そうに不真面目そうに、その実忠誠心はドルクといい勝負のヒュドラは銅の声でそう言いつつ、気配の方へ頭の1つを向け――ぱかん、と、その顎が外れんばかりに口を開けた。

 いや、実際顎が外れたのかもしれない。何故ならユーラリングが近寄って行っても、ヒュドラは凍ったかのように微動だにしなかったのだから。


「……ヒュドラ。いつまで呆けている?」

『はが』

「本気で顎を外すとは、そこそこ失礼な奴だな」


 意味不明な声を返したヒュドラに、ユーラリングは呆れた声と顔を返す。ぱかん、と顎の外れてしまった頭をとりあえず横によけて、別の頭を正面に持ってきたヒュドラは――


『……いやぁこれは何というか。敢えて茶化すのであれば、化けましたね、我があるじマイロード


 敢えて茶化す、と言いつつ、その銅の声は感嘆と敬愛で彩られている。対してユーラリングは、小首を傾げてつまらなそうに言い放った。


「褒め言葉は受け取っておこう。これを以って先の失礼は帳消しだ。……しかし、この程度の間に合わせ装備でそう言われてもな」


 そのつまらなさそうな言い分の中身に、ヒュドラの別の頭の顎が外れた訳だが、それをユーラリングが感知する事は無い。何故なら、本人だけは心からそう思っているからだ。



 ユーラリングの体格は、実は小柄な部類に入る。中の人がキャラメイクする際、座れば高く立てば低い自分の中途半端な身長に嫌気がさしたのを反映して、小さめに設定したからだ。

 だからタオル一枚で覆い隠せていた訳だが、そうなると装備のサイズあわせが大変になってしまう。その辺をリアル知人は説得していたのだが、その時点ですでに生産職人の道に進むつもりだったユーラリング(の中の人)は取り合わなかったのだ。

 故に、今ユーラリングが、布服モドキの代わりに纏ったのは、下着から装飾の1つに至るまで、あのクエストの合間に作った自作品、という事になる。



『(――いや、本気だ。本気で言ってる、我があるじこのヒト。やだ怖い。自覚無いってほんと怖い)』


 言われるままに頭の1つへとユーラリングを乗せ、指示されるままに地下へと下りつつヒュドラは内心盛大に顔を引きつらせていた。もちろん等量の敬愛と、倍ほどもある忠誠心もあるのだが、それはそれ。

 無数の首の内、ゆったりとくつろいでいるユーラリングを後ろから盗み見る位置にある首からの視界情報を優先処理する。


 液体を布に変えたようにとろりとした光沢の、体の線をクッキリと浮き上がらせるワンピース型のドレスは胸元も背中も開けた大胆なデザイン。そこに翼を通し、背後に翻させる。

 その上にウエストで締める形のオーバースカートを重ね、更にその上にルダンゴートを重ねて肌を隠す。翼用の穴は襞に隠れて見えないだろう。更にその上に、ショールとマフラーの合いのこのような長い布を緩く巻いている。

 足元は薄布のタイツの上に編み上げブーツ。しっかりとヒールはあるが、幅が広い為、上に乗られていてもあまり痛くは無い。そしてその手にあるのは、本人より拳1つ2つ長い「杖」だ。……金属でできているにも関わらず捻じれた柄と、宝玉を抱え込む部分が(推定で本人を模した)翼ある蛇である事から、だいぶ禍々しさが強調されているが。


『(それでもって、此処までの装備が全部濃淡と艶の差はあれど黒で統一されているっていうのがポイント高、じゃない。“魔王”オーラ全開で痺れる、じゃなくて。こう、良いな、ぐっとクる。もういいやうん)』


 内心とはいえ、とうとう表面上取り繕う事もブン投げたヒュドラは、後1か所。首から上へ視線を向ける。左目を覆うのはレース縁の眼帯で、それはそのまま頭の後ろで髪をハーフアップに纏めている。

 そして頭上には、ティアラとクラウンを足して割ったような……背が低く径が大きい、装飾された円環が乗っていた。耳にも同じデザインのイヤリングが下がり、今はマフラー(仮)と袖口に隠されているが、ネックレスとブレスレットも付けている。

 統一されたデザインは、これもまた翼ある蛇。しかしこちらは全て、白と黒の2匹が絡み合い、お互いの尾を噛んでいるというものだ。その間に、カットが施された12貴石に属する宝石が配されている。

 つまり、今現在のユーラリングを一言で評するのであれば。


『(我があるじマイロード、まじ“魔王”)』


 これで間に合わせ装備? 嘘だろ? まだ凛々恰好良い美人になるの我があるじこのヒト? やだ、惚れ直す。絵にして順番に並べて眺めてたい。むしろ職人に依頼出して人形作りたい。

 主ばか全開の欲望が止まらない内心のヒュドラ。しかし本人以外がそれを知る事は一切無く、ユーラリング主従は第7層(予定地・現イベントエリア)へと踏み入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る